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その後、セレナは執事頭とバクー家の主治医から、数日の間休暇を取るように申し伝えられた。

さらにルドガーが、セレナが目覚めたことを伝える為に電話をしたジュードからも、完全に体調が良くなるまでは休養するようにと付け加えられてしまった。

「大袈裟すぎじゃない?」
「それだけみんなセレナが心配なんだよ」

部屋に残されたのはセレナと、帰るタイミングを逃してここにいるルドガー。
セレナは、今夜はもうベッドから出るなと執事頭に何回も釘を刺された。

上司に休みのことをどう説明しようかと頭を捻っているセレナにルドガーが苦笑した。
するとルドガーのGHSに連絡が入る。

『もしもしルドガー?ちょっと、助けて欲しいんだけど……
あっ、今ちょっと電話中で……!
と、とにかく助けて!お願い……』

電話の相手はノヴァで、それだけ言うと一方的に切られてしまう。

「……仕事?」
「いや。同級生で、俺の借金の担当者なんだけど……よく分からなかった」
「あのヴェランド銀行の女子行員さん?」
「ノヴァな。なんか困ってるみたいだったけど……悪い予感がするな……」

セレナはヴェルの双子と聞いたあのやたらと元気の良い女性を思い出していた。
ルドガーは何故かあまり乗り気では無いらしい。

「行ってあげたら?困ってるんでしょ、ノヴァさん」

セレナは、普段はお人好しで人助けは好きそうなルドガーの態度に疑問符を浮かべながらも、友達は大切にした方が良いのでは無いかと思いそう言った。

しかしルドガーは少し考えてから溜息をついた。

「そう言えばノヴァ、場所も目的も何も言ってなかった……」
「え……」

さすがにセレナも固まる。
しかし気を取り直すと、何故か焦ったように口早に言った。

「き、きっとすごい立て込んでるんだよ!またそのうちかかってくるって。むしろ掛け直したら?」
「またかかってくるのを待つよ……手伝うかは、まあその時考えるか……」

若干やつれ気味のルドガーが答えた。
セレナはその様子に引っかかるものを覚えた。

「ルドガー、ノヴァさんと何かあったの?らしくないね」
「そうじゃないんだけど、昔からよく振り回されてて……」
「あ……そうなんだ……」

セレナは憐れみの目でルドガーを見た。

しかし次のルドガーの言葉に、目を見開くこととなる。

「いや……あったな。昔のことだけど……告白して、フられたんだよな」
「えっ!?」

ルドガーは言ってから、自分でも何故よりにもよってセレナにこの話をしてしまったのかわからなくなり頭を抱えたくなった。

しかし、セレナには隠し事をしたくないという気持ちもあって、つい話してしまったのだった。
言ってから後悔したが。

「む、昔の話だからな!それも結局ノヴァに振り回されて、俺の勘違いで……」
「る、ルドガー、分かったから。もう、言わなくて大丈夫だよ?」

そのあまりの慌て様に、いたたまれなくなったなったセレナはルドガーを励ました。
もっとも、励ましにはならなかったかもしれないが。

「ノヴァとはただの友達だから!」
「う、うん」

ルドガーの剣幕に押され、セレナは首を縦に振ることしかできなかった。
ルドガーはハッと我に帰り、心を落ち着ける。

「とにかくそういうことだから、気にしないでくれ。
じゃあ、俺もそろそろ行こうかな。さすがにミラに任せっきりじゃ悪いし」

それから、椅子から立ち上がるとセレナの髪を最後に一撫でした。

「色々ありがとう、ルドガー。迷惑かけちゃってごめんね」
「良いんだよ、俺はしたいようにしてるだけだから。
セレナに頼られるのは迷惑じゃないからな。気にしないでゆっくり休めよ?」

そう言うと、お大事にと言い残し、ルドガーは帰って行った。

「ルドガーって、ほんと優しいんだな」

セレナはそう呟くと、横になり瞼を閉じた。

もう恐ろしい夢は見なかった。


次の日の昼、セレナは久しぶりに養父と対面した。
どうやら、帰宅してすぐにセレナの部屋まで来てくれたらしかった。

「時歪の因子との戦闘で負傷したそうだな」
「……すみません」
「外傷はないようだな。精霊術の類らしいと聞いたが」
「はい。迂闊でした……」

養父の視線は苦手だった。強い意志を持った、刺すような蒼い瞳。
その瞳が真っ直ぐに自分を見てくる。

セレナはルドガーに、骸殻化の話はクラン社には秘密にしておくようきつく言われていたことを思い出し、ビズリーの言葉に合わせるだけにしていた。

セレナはビズリーに会うことを恐れていた。

自ら志願した分史世界への同行で負傷し休養を余儀無くされるなど、自分に厳しく他人にも厳しいこの養父が許すはずがないと思っていたからだ。
呆れられても仕方が無い、そう腹を括ってはいたものの実際に対面すると、次の言葉を発せられるのが怖くてたまらなかった。

「時歪の因子は、お前の妹だったそうだな」
「……はい」

さすがにそこまではごまかせずにちゃんと報告されていたらしかった。
聡い養父のことだ。なるべく嘘はつかない方が懸命である。

しばらく沈黙の時間が流れ、セレナは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
しかし意外にもビズリーはセレナを責めること無く、ほんの少しだけ表情を緩めたように見えたのだった。

「……分史世界というのは可能性の世界だ。時には身内や知人が、正史世界よりも幸せな人生を送っていることもある」

ビズリーのサファイアの瞳は、セレナを捉えて離さない。

「時折、侵入した者にとって辛い選択を強いることもある。
しかし、前に進むにはそれを乗り越えなければならん」
「……はい」

「……だが、闇雲に走り続ければ良い訳ではない」

そう言ってビズリーはセレナに背を向け、ドアノブに手を掛ける。

「ゆっくり休みなさい」

それだけ言い残し、部屋から出て行った。

「お父様……」

セレナはビズリーの言葉一つ一つをゆっくりと頭の中で復唱した。

(お父様も、辛い選択肢を沢山選んできたのだろうか)

セレナの疑問は声に出されることは無く、また答える者もここにはいなかった。

ただ、ガイアスの「王とは自分すら捨て去った、孤独な存在なのだ」という言葉が、頭の中に響いていた。



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雷鳴の……遺跡……??

ビズリーとのやり取り、なかなか入れられなかったのでここで加えてみました。



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