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それは、ルドガーがセレナへの想いを自覚した日から数日後のこと。


「すまない……トールの人々よ」

時歪の因子、箱舟の守護者オーディーンが膝を着いた。
ルドガーがゆっくりと槍を引き抜くと、辺りの景色がひび割れる。

パリンと音を立て、また一つ分史世界が壊された。

ルドガーはカナンの道標”箱舟守護者の心臓”を手にし、オーディンの術を受けて倒れこんでしまったエルの元に駆け寄る。

干上がったウプサール湖の畔で、雨に打たれながら遠くに雷鳴を聞く。
やがてエルが目を覚ますと、無事帰路につくことができた。


「ルドガー、セレナは大丈夫なの?」

ディール発トリグラフ中央駅行き列車の座席に座りながら、足をぶらぶらさせていたエルが問いかける。
あの分史世界破壊以来、エルは数日間セレナに会っていない。

「セレナなら平気だ。明日から会社に戻るってさ」

ルドガーはGHSを開き、セレナからのメールを 開いて見せる。

セレナは既にバクー家の主治医から仕事復帰の許可を得ており、執事頭も納得したらしかった。
早く仕事に戻らないと書類が山になっていそうで恐ろしい、とメールの締めくくりに書いてある。

(むしろ今心配すべきはセレナよりもこっちかもな……)

ルドガーはチラリの横に座るミラを盗み見た。
ミラは流れる景色を眺めているが、先程からずっと心ここに在らずといった感じで、正史世界に戻って来てからどこか元気が無い。

ふとミラが視線を動かし、エルの膝で丸まっているルルのところで止めた。

(まさか、さっきの分史ルルが消えたことを気にしているのか?)

時歪の因子だったオーディンは、更に別の世界からやってきたルドガー達をデータ化してしまったらしかった。

その際に難を逃れたらしい分史世界のルルを、ルドガー達はそうと気づかず正史世界に連れてきてしまった。
しかし正史世界のルルと出会った瞬間、分史世界のルルは消えてしまったのだ。

ミラも分史世界からこの正史世界に連れて来られてしまった存在だ。
もしかしたら先程の光景に何か思うところがあったのかもしれない、とルドガーは考えた。

正史世界のミラは、現在行方不明らしい。
その意味するところがまだ分からず、ルドガーは眉を寄せる。

確信の持てる答えが出せず、ミラの世界を消してしまった責任も感じている為、ルドガーはひとまずミラをこれ以上思い詰めさせないようにするしかないと考えた。

「ミラ」
「何よ、改まって」

呼びかければ、ミラは平静を装って振り返る。
しかし元気が無いのは明らかだった。

「スープのレシピは完成したのか?」
「は?突然何かと思ったら」
「はは……」

ミラの怪訝な視線を受けてルドガーは乾いた笑をこぼす。
さすがに突拍子もなさすきたかもしれない。

「俺も結構どんな味になるのか気になっててさ。よかったら試しに作ってくれないか?」

取り繕ってそう続ければ、ミラは意外にもほのかに顔を赤くして目をそらしてしまった。

「……嫌よ」
「えっ!?」
「まだ足りてない素材があるの!今日のところはあなたが作りなさいよ」

ミラは其の後に小さな声で続けた。

「食べに行ってあげてもいいわよ」

ルドガーはエルと顔を見合わせたが、少しはいつものミラに戻ってくれた気がして、ニカっと笑って頷いた。


「爺や、ちょっと散歩に行ってくるね」

セレナは上着を羽織り、執事頭に呼びかけた。

「お嬢様!いけません、ゆっくりお休みになって下さい!」

執事頭は慌てて駆け寄ってくるが、セレナはそれに苦笑し、手を振るとエントランスのドアを開けた。

「明日から仕事に復帰していいなら、もう大丈夫ってことでしょう。
身体がなまっちゃったから、少し歩きたいの。街の外へは出ないから」

それだけ言い残すと、渋る執事頭を残して外へ出た。

時刻は夕暮れ時で、空はオレンジ色に染まっていた。
セレナは特に行くあてもなかったが、ひとまず高級住宅地を抜けてチャージブル大通りに出た。

(みんな、どうしてるかな)

今朝ルドガーから、新たな分史世界の破壊に行くとメールがあった。
ジュードやエリーゼも見舞いのメールをくれ、レイアは快気祝いに明日の夕食を一緒に食べに行こうと誘ってくれた。
他のメンバーも心配してくれている旨が、ルドガーからのメールには書いてあった。

セレナは今まで学校の友人と数人のクラン社の関係者くらいとしか親しい付き合いはしていなかった為、ここ最近で増えたバラエティ豊かな友人達と離れているのは寂しかった。

(会いたいな)

ほんの数日会わなかっただけだし、メールで連絡もとっているというのにこの感情はセレナとしては自分でも意外だ。
短かい時間だったが強大な敵と戦い、普通ではない経験を共にしてきたからかも知れない。

「あ!セレナだ!」

セレナが友人達の顔を思い浮かべながら暖かい気持ちに浸っていると、後ろから少女の弾んだ声が聞こえ、駆け寄ってくる足音がした。
何と言う偶然だろうか。自然と口元に笑みが浮かぶ。

「エル!」
「セレナ、もう元気になったの?」

セレナも振り返って駆け寄ると、エルはセレナの足にくっついて顔を見上げた。

「おかげさまで、もう大丈夫だよ。明日から仕事に復帰するしね。みんなは任務の帰り?」
「そう!ミチシルベ、見つけたよ!」

エルはピースサインを作って胸を張った。
その後ろから仲間たちが歩いてくる。
挨拶を交わした後、皆口々にセレナの回復を喜んだ。

「セレナもルドガーの家で一緒にごはんたべようよ!」

レイアと翌日のディナーの話で盛り上がっていたセレナの袖を、エルが引いた。
セレナは少し考え込んだあと、残念そうに眉を下げた。

「ごめん、さすがに帰らないと爺やに怒られちゃう」
「じいや?」

エルは首を傾げた。

「うん、うちで働いてくれてる人だよ。子どもの頃からお世話になってるの」
「じいやかー。そう言えばメガネのおじさんもじいやって言ってた!」
「ユリウスさんが?」

セレナはルドガーの顔を見た。
ルドガーは、ユリウス・ニャンスタンティン三世と言う名の猫を探す仕事を受けたこと、その猫をユリウスが捕まえたこと、そしてその飼い主のマルクスと言う老人をユリウスが爺やと呼んでいたことなどを説明した。

「俺は知らない人だったから、兄さんとどういう関係なのかは分からない……」
「ユリウスさんの、爺や……か。子供の頃に実家にいたのかな?」

目を伏せたルドガーはどこか悲しげに見えた。

「そのうち教えてもらえるよ!きっと、ちゃんと話せる時がくるって」

セレナはただ慰めの言葉を言うことしかできなくて、そんな自分に歯痒さを感じていた。

と、ミラが興味無さそうに告げる。

「そんな辛気臭い顔してないで。早くしないと店が閉まるんじゃないの?」
「そうだった。買い物していかないと家に何も無いんだ」

ルドガーは苦笑いしながらそう言った。

「じゃ、私ももう行くね。気分転換に出てきただけだから。」
「悪いな。今度時間があるときまた来てくれよな」
「うん。そうするね」
「ミラも今度スープ作ってくれるって言ってたよ!」

そこへエルが付け足す。
セレナがミラを見れば、彼女は少し恥ずかしそうにしていた。

「だから、まだ材料が揃ってないんだってば」
「何が足りないの?」
「……熊の手とかね。」
「クマ!?クマ、モコモコ!?」

セレナの問いにミラが答えれば、何故かエルが目を輝かせ始めた。

「熊の手のダシは高級料理の隠し味に使われるくらいなんだからね!」
「知らなかった」
「エレンピオスでは取れないんじゃないの?ア・ジュールでも北部にしか生息してないみたいだし」

「それってまさかノール灼洞の……」
「ジュード、知ってるの!?」
「いや……多分それ魔物だと思うんだけど……」

ジュードは困ったように言うが、エルはやる気満々になってしまったようだ。
ミラまでもが有益な情報を得たと頷いている。

「じゃ、案内してちょうだい。クマを倒しに行くわよ!」
「う、うーん……」
「あなたも来るわよね?」
「えっ、俺!?」

ジュードはどうしようか悩んでいる。
しかしお構いなしに、ミラは次にルドガーに詰め寄った。

「手伝ってって頼んだでしょ?決まりね!」
「は、はあ」
「ルドガー、僕も行くから」
「ありがとう、ジュード……」

他のメンバーは、ご愁傷様と言った目でその光景を眺めていた。
ふとガイアスが手を打った。

「ノール灼洞へ行くのなら、時間があればカン・バルクに寄るといい。
おそらく俺はいないから、もてなしはできぬが」
「あ!!!」

それを聞いたルドガーが突然何かを思い出したように声を出した。
傍にいたミラが驚いてルドガーを睨んでいる。

「何よ急に大きな声だして!」
「あ、いや……ごめん。
そ、そうだ。クマって強いんだろ?
ならもう一人くらい手伝ってもらいたいなーって……」

どもりながらそう言うとルドガーは一同の顔を見回して、最後にセレナに目を留めた。

「セレナ、戦闘エージェントへの魔物討伐依頼、受けてくれないか?」
「えっ?良いけど、私?」

セレナは突然話を振られ、驚いた。
セレナ以外のメンバーは恐らくルドガーの真意に気付いているので黙ってその行く末を見守っている。

皆、恋愛事に疎いジュードやガイアスでさえも、ルドガーが彼女を見る目ですぐに分かってしまったのだ。
さすがにエルは分かっていないかもしれなかったが。

ルドガーは徐々に焦り出したが、なんとか強引に話を持って行こうとしていた。

「ほら、病み上がりでいきなり一人でどこかに駆り出されるよりは、みんなと一緒に行った方が色々安心だろ?」
「病み上がりの女の子を雪国に誘うのもどうかと思うけど」

ミラが小さく呟いたが、ルドガーは聞こえないフリをした。

「そらにほら、ついでに帰りにあの空中滑車に乗れるしな!ついでだけどな!」

「ルドガーさん……」
「必死です……」

今度はローエンとエリーゼが零したが、相変わらずルドガーは聞こえないフリをしている。

「クーチューカッシャ?エルも乗りたい!」
「そう言えば、あれはカン・バルクだったね。うん、いいよ。
私もリハビリで身体動かしたかったし」

意外にもエルが食いついたこともあり、なんとかセレナを自然に誘うことのできたルドガーだった。
自然だと思っているのはルドガーと、彼の真意に気付いていないセレナとエルだけだったが。

「じゃあ決まりだな!遠いから、クマを狩った後はカン・バルクに一泊しよう。
じゃあこれ、セレナへの依頼ってことで、よろしく!」

何がよろしくなのかはよく分からなかったが、セレナは明日出社したら任務としての申請手続きをすることにした。

「上手いことダシに使われた気がするわ」

ミラは釈然としない。

「"ダシ"を取りに行くだけありますねえ」

ローエンが髭を触りながら続けた。しかしミラにはかなり嫌な顔をされてしまったが。
それでも横で見ていたジュードは、ミラが少しいつも通りになってくれたような気がして心の中で安堵した。

「ところでルドガー、お店の時間は平気?」
「やべっ、急がないと!
じゃあセレナ、また連絡する!」

セレナがふと思い出して問えば、ルドガーは時間を確認して走り出した。
しかし随分機嫌が良いように見えたのは、おそらくセレナの気のせいではないだろう。

そのルドガーの後を、他の仲間達はやれやれといった調子で追いかけるのであった。
この分だと、エルがルドガーの真意に気付くのも時間の問題だろう。



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別行動なので、原作部分はかなり端折りました。
次回はミラのキャラエピになります。



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