復習
「柄本…お前はディフェンスだ。
センターバック、1番後ろに入れ。」
合宿2日目、今日の試合での柄本君はディフェンスだ。今までフォワードだったのに、急にやれるのかな?
勿論答えは言うまでもなくノーだ。
メンバーは1年生ばかりで、レギュラーの人は灰原先輩を除いていない。試合状況は灰原先輩の孤軍奮闘というところだ。
このままじゃ負ける。
それを分かってるからか…1年生は皆灰原先輩に指示を求めに集まっている。しかも灰原先輩はタジタジだ。
『灰原先輩大変ですねー』
「あいつは自分に自信がないのさ」
「自信? まさか! いつでも自信満々でしょ」
「君下…そりゃ建前だ。体は小さいし、水樹や臼井と違って目立ちもしなかった。上級生が引退して初めてレギュラーになれたやつだ。自分の実力を信じきれていない。」
『…そういえば、いつも1番に試合のビデオを借りに来るのは灰原先輩ですもんね。体が小さいハンデがあるぶん、頭を使わなくちゃいけないって前に言ってました。』
つまり…彼の陽気さは不安や焦りを悟らせないための武装ということだ。サッカー初心者の私からしたら灰原先輩ももう充分に強いサッカー選手だと思うけど…周りに凄い奴がいっぱいいるから劣等感を抱くのかもしれない。
「ん? 灰原と柄本は何してんだ?」
『あぁ…柄本君が猪原先輩の顔真似をしてたので、灰原先輩が殴りに行ったんです。』
「何でオレの顔真似を!?」
『さぁ…それにしても、似てないなぁ…
あ。ちゃんとズアップして録れてるので後で見てみたらどうです?』
ビデオを撮りながらも…一応スコアメモ。
と言っても私のメモは予備で、メインはチカちゃんのメモだ。
なんたって彼女の字は綺麗なのだ!
小説家を一時期目指してたって言ってたけど…流石だよ、私よりも何倍も字が綺麗。そして洞察力が優れてるのかメモが細かい。
『…それにしても、臼井先輩。
何で監督は柄本君をDFに?
せっかく今までFWとして培ってきたのに…』
「1つは灰原に気付かせるため。アイツはもう追う側の人間でも追われる側の人間でもない…引っ張って行く側なんだってことを自覚させるためだろう。」
『もう1つは…?』
「もう1つは…そうだな。
予想以上の成果でしたね、監督。」
「臼井か。」
「これで柄本をFWに戻したら面白いでしょうね。」
「『えっ!?
あいつ/柄本君…DFになったんじゃないの!?』」
「そんなわけないだろ…」
「(…水樹はともかく、咲まで…)」
あれ…やだ、何この視線。
臼井先輩は"何言ってんだ"って顔してるし、監督なんか呆れ果てて言葉を失ってるぞ。嫌だ。何が嫌って、水樹キャプテンと同じレベルだった自分の思考力が嫌だ。屈辱。
「…なるほど、斬新な発想だと思ってた。」
『私はてっきり…柄本君がFWに向かないって判断されたのかと…』
「お前ら……、ハァ…経験だよ。
DFとして考えて得た経験が、FWとしての柄本の血肉になる。この経験を生かすことができれば、柄本は大きな武器を手にいれるぞ。」
なるほど、なるほど。合点だ。
臼井先輩の親切丁寧なご説明のおかげで、私はもちろん水樹キャプテンもちゃんと柄本君のDF入りの理由が分かったのだ。…分かったはずなのだ。
なのにー
「な…中澤監督、僕、なんか今日、ディフェンスのコツを少し掴んでしまったかもしれません。」
「そうか、良かったな。
じゃあ柄本、明日の1試合目はFWで先発だ。」
「は…ええ!? DFじゃなくてFWですか!?」
「そうだ、まぁ頑張れ。」
「…? …?? …???」
『…水樹キャプテン? 何をそんな、ワケわかんねぇって顔してるんで? 口から麺が流れ落ちてますよ。』
「本当だよ。なんで驚いてるんだ…
水樹には昼にも説明しただろ…」
夕食時の監督の言葉に、アホ面してる水樹キャプテン。彼は臼井先輩の話を理解したのではなかったのか…君の脳みそはどうなってるんだ。
「…柄本はDFになったんじゃなかったのか?」
「(またそこか)…咲、任せた。」
『えっ 何で私。』
「水樹の世話をするのもマネージャーとしての立派な仕事だ。水樹、咲が分かりやすく教えてくれるってよ。」
「そうか。咲、教えてくれ。」
『…簡単に分かりやすく言うと、経験のため、です。』
「経験。」
「(あまりの面倒臭さにかなり省略した…)」
『そう、経験。全ては経験のため…!
経験をつむことが、成功への近道なのです…
分かりましたか?』
「じゃあ何で明日はFWなんだ?」
『それは柄本君が今日の試合で充分な経験をつんだからでしょう…。監督は明日の試合で、それを確かめるつもりなのです。
分かりましたか?』
「分かった。」
「(咲も本当に分かってんのか…?)」
コクンと頷いて、またもやガツガツとご飯を食べ始めた水樹キャプテン。散々食ってたのにまだ食べるのか。君の胃はブラックホールなのか。
臼井先輩からの変な視線が少し気になるが…
それよりも今日は、改めて水樹キャプテンの珍獣さを思い知らされた日であった。
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