夢現
夢を見た。
身体中が痛くて、重くて、眠くて…そのまま眠って。起きたら、ヨーロッパみたいな部屋にいた。しかも、高そうな執務室みたいな。
変な夢。
そう思いながら部屋を見回していたら、ガチャッという音と共に、誰かが入ってきた。何だろう…誰かに似てる気がする。
「…Chi è Lei?」
『…え? なんて?』
「日本語…ということは、日本人か?」
『そうですけど…あなたは?』
「私はジョットだ。君は?」
『奴良菜也。菜也でいいよ。』
ジョットと名乗った彼は、優しそうな笑顔を見せる。でも、隙がない。警戒心を見せない、上手な気の張り具合だ。
「そうか。初めまして、菜也。
ところで…どうやってここに来たんだ? ここには見張りもいるから、簡単には入ってこれない筈なんだが。」
『さぁ…私も分からないわ。寝て、目が覚めたらここにいたの。私、今、本当なら動けない筈なんだけど…。』
「ハハッ それはすごい寝相だな。言っておくが、ここはイタリアだぞ。」
『イタリア!? …じゃあ、これは夢の中の話かも。うん、絶対そうだ。頬つねってるのに全く痛くないもん。』
「…私は頬をつねったら痛むんだが?」
『アハッ じゃあ私が幽体離脱してイタリアまで来ちゃったのかも!』
「ユーターリダツ?」
『幽体離脱。寝てる時に、魂が体を離れて移動しちゃうの。きっとジョットは今、魂の私と話してるんだわ。』
「それは面白いな。」
『フフッ 本当ね。』
部屋にあるソファーに、向かい合うように座る。ジョットも私への警戒心を解いたようで、今ではのんびり紅茶を飲んでいる。その紅茶を持つ手に、見覚えのあるものが目に映った。
それは、約10年前、リング争奪戦で沢田が頑張って手にいれた物。そして先日、沢田が破壊してしまった物だ。
『…それって…ボンゴレリングだよね?』
「!
知ってるのか…?」
『うん、私もそれ持ってるよ。大空じゃなくて、夕闇のリングだけど。』
「夕闇…? 聞いたことないな…」
『…あった!
…って、あれ? 何で私がコレ持ってるんだ?
…まぁいっか。夢だし。ほら、コレ見たことない?』
「…ない、な。
それは、死ぬ気の炎を出せるのか?」
『出せるよ、ほら。』
「…初めて見る色だ。」
首にかけていた夕闇のリングを指に嵌め、炎を灯す。沢田がボンゴレリング全てを破壊してから、そんなに時は経っていない。なのに、夢の中で嵌めたこのリングが、随分懐かしく感じる。
『…この炎はね、妖怪と人間の血を両方持つ人が出せるんだって。』
「…ヨーカイ…?」
『うん。人ならざる者、デーモン、モンスター、バケモノ、おばけ…だったら分かる?』
「あぁ。
…君は、そのヨーカイの血を持つのか?」
『うん。といっても、ほとんど人間なんだけどね。』
「…日本には、ヨーカイが沢山いるのか?」
『んー…まぁ、少なくはない、かな。昔はもっと沢山いたんだけどね。時代が進むにつれて、妖怪にとっては暮らしにくい世の中になるんだ。だから今は見つけにくいかもね。…いつか妖怪と人間が共存できる時代が来たらなぁとは思ってるんだけど。』
「…そうか…色々と難しいんだな。
それにしても、君は何のヨーカイなんだ?」
『ぬらりひょん。…知らないでしょ?』
「…あぁ、悪いけど知らないな。」
『ううん、日本人でも知らない人たくさんいるし。』
「…もし日本に行ったら探してみるよ、そのぬらりひょんという妖怪を。」
ただの社交辞令かもしれない。
でも、本当に彼が日本に行って、ぬらりひょんを見つけたら嬉しいものだ。初めてあった彼に、こんな感情を抱くのは変かもしれないけれど。
『フフッ 会えるといいね。
…あ、体が消えてきた…』
「…どうやら夢から覚めるみたいだな。」
『だね。…ねぇ、ジョットってもしかして…初代ボンゴレ? プリーモ?』
「あぁ、そうだが…そういう君は…? 夕闇のリングなんて聞いたことないが…確かにそれはボンゴレリングだ。君は一体…」
『…ボンゴレ10代目の…オトモダチ、ってところかな。』
「ボンゴレ…、10代目…?」
『…ジョットさん。貴方きっと私のひいお祖父ちゃんに会えるよ。』
「ひいお祖父ちゃん?」
『私のひいお祖父ちゃんはね、奴良組を率いる"ぬらりひょん"って妖怪なの。日本に行ったら探してみてね…それじゃあ。』
不思議な夢。だけど、楽しかった夢。
消え行く自分の体を見ながら、私はこの夢が終わることを残念に思った。目が覚めたら、あの残酷な世界を目の当たりにしなくちゃいけないのだろう。
それでも、現実に抗うことはできない。
意識が遠退く中、最後に聞こえたのは…
「"夕闇のリング"に…
ヨーカイ"ぬらりひょん"、か…。」
面白そうに、そう呟いたジョットの声だった。
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