サイン

コンコン

『すみません、咲ですけど…』


目の前の扉を二回ノック。「ちょっと待って」との返事に、自身の腕をさすりながら扉が開くのを待った。お風呂上がりだからか…少し冷えるな。上着持ってくれば良かった。


「待たせた。」

『いえ…夜遅くすみません。』


開けてくれたのは、ノースリーブと半ズボンしか着ていない水樹キャプテン。見てるこっちが寒くなりそうだと思いつつ、部屋に入ると、長袖長ズボンのジャージを着た臼井先輩が部屋を片付けていた。
気を遣わせたかな…申し訳ない。


『それで、あの…水樹キャプテンにサインを貰ってきてくれと頼まれたんですけど…』

「誰に?」

『ユキチくん』

「誰だそれは」

『知りません』


でも、ユキチくんから色紙とペンを預かったのだから…書いてもらうしかないでしょ。
そんなわけで、
私は水樹キャプテンの部屋に来て、サインを書いてくれと頼みに来ているのだ。


「何を書けばいいんだ?」

『えーっと…水樹キャプテンのサインと…
あ、"ユキチくんへ"って書いて欲しいそうです。』

「"ユキチ様"じゃなくていいのか?」

『諭吉様…縁起良さそうですね。』

「水樹。年賀状じゃないんだから、"様"じゃなくていいんだよ。」

「そうなのか?」


臼井先輩がお母さんで、水樹キャプテンはお父さん…もしくは天然珍獣の息子さんみたい。
水樹キャプテンが書き終わるのを待つ間…臼井先輩が出してくれたお茶を呑みながら、今日の事について談笑すること5分。
満足気に水樹キャプテンが「できた」と言った。


「これでいいか?」

『…ん? んー…はい、ありがとうございます!
これでユキチくんも喜ぶと思います!』

「…水樹、咲、本当にソレでいいのか?」

「ダメなのか…!?」

『…何か気になるけど、大丈夫ですよ!』

「そうか。いや、お前達がいいならいいんだ。気にしないでくれ。」


意味深なことを言う臼井先輩。
きっと、いや、何か問題があるに違いないのだ。
でも、いくらその色紙を見ても、どこに問題があるのか分からない。違和感はあるけれど…。


『それじゃ、夜分遅く失礼しました。
ゆっくり休んでくださいね!』

「部屋まで送ろうか?」

『大丈夫ですよ〜
どうせそんな距離離れてないんだし。』

「そうだな、どうせ距離はそう離れてないんだ。
危ないから送るよ。」

『あらやだ、臼井先輩ってば。
そんなこと言われたら惚れてまうやろ。』

「とか言いつつ、惚れる気ないくせに。」

『ありゃ、バレました?』


バレバレだよと笑う臼井先輩と一緒に、私の部屋へと向かう。ちなみに水樹キャプテンは迷子および怪我防止のため部屋に待機だ。


「にしても、本当に気付いてないの? 色紙。」

『…違和感はあるんですが、どこがおかしいかは自分でもよく分からないんですよね。』

「…そうか。オレはメインが"ユキチくんへ"になってるのがとても気になるけどな。」


そう言われ、
改めて、水樹キャプテンの色紙を再鑑定!
"ユキチくんへ"という文字が真ん中にドーンと大きく書かれ、"水樹寿人"という名が小さく左端に書かれている。
うん、まるで習字の作品のようだ!


『…あっ』

「分かった?」

『…これじゃあ、サインというか…習字の作品ですね。てゆうか字はキレイだな。』

「そうだね。アイツ、自分の名前は達筆なんだ。」


謎解きクリア!
本当、これどんなサイン色紙だよ。メインが"ユキチくんへ"になっちゃってるよ。ゴメンね、ユキチくん。
そんなことを話していれば、あっという間に私の部屋に着いた。


「…1人部屋?」

『はい。流石に1年生男子と寝るわけにはいかないし、監督と寝るのも問題があるとのことなので。』

「ふぅん…オレら先輩でも1部屋2人ずつなのに。贅沢なマネージャーだな。」

『へへーいいでしょー』

「山岳ダッシュしてくるか?」

『ごめんなさい』


送ってくれたお礼を言って…
最後に『迷わないように気をつけて戻ってくださいね』と忠告すれば、「水樹と一緒にするな」と叱られた。
色々あったけど、
GW初日の合同合宿はこれにて終了。
明日も頑張ろう。





(「あ、聖蹟マネさん」)
(『…どちら様?』)
(「えっ、あの、オレ…水樹キャプテンのサインを頼んだユキチですけど…」)
(『ユキチくん!? 良かったー! サイン貰えたよ、水樹キャプテンから。』)
(「マジッすか! ありがとうございます!
……え、これ……」)
(『…これぞ水樹キャプテンのサインなんです!』)
(「…習字みたいッすね」)
(『水樹キャプテンっぽいでしょ?』)





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