弐
「済みません、乱歩さんに、あとノエルさんはいらっしゃいませんか?」
そして、その丁度すぐ後のこと。鈴の音のような声が遠くから聞こえてきて、振り向くと長い艶やかな黒髪とセーラー服が目に留まった。
探偵社の事務員で谷崎さんの実妹――谷崎ナオミさんだ。ナオミさんは私と乱歩さんが居ることに気づくと、此方の方へ駆け寄ってきた。
「乱歩さんはご存知だと思うのですけれど……今、探偵社員の皆さんが集まって会議をしているんですの。乱歩さん、それにノエルさんも、会議に参加していただけませんか?」
そのナオミさんの言葉に、私は何故、調査員の皆さんが周りにほぼ居ないのかを理解する。
それに、今しなければいけない会議となれば……
「……もしかして、敦さんの、入社試験の会議ですか?」
私が尋ねるとナオミさんは大きな瞳をぱちぱちとさせてから、「よくお分かりになりましたね。流石ですわ」と微笑んだ。
「他の社員の方には太宰さんが大体声を掛けたそうなのですけど、ノエルさんは依頼が長引いていていらっしゃらなかったと聞きましたので……」
口元に手を当てて答えるナオミさん。「よろしければ、ノエルさんも一つ意見を出していっていただけませんか?」と言って首を傾げる彼女に、私は素直に頷いて答える。
「判りました。私も参加させていただきますね」
そう言って私の方から微笑むと、なら良かったです、とナオミさんが表情を明るくさせた。
そして今度は乱歩さんの方へ向き直り口を開く。
「乱歩さんも、よろしければ参加していただけるとありがたいんですけれど……」
ナオミさんが言うと、乱歩さんはうーん、と一度気怠そうに唸ったが、すぐに椅子から立ち上がっていつものように話し始めた。
「仕方ないなあ!皆僕が居ないと録に物事も決められないみたいだからね。しょうがないから行ってあげる!」
それなら良かったですわ。とナオミさんが言い切る前に、乱歩さんはてくてくと会議室の方向へさっさと歩いていってしまっていた。
私は暫く動けないでいたが途中でそれに気付き急いで追いかけようとすると、くすり、と可愛らしい笑い声が横から聞こえた。
思わずその声の方を振り向くとそれはナオミさんの声だったようで、意味ありげに微笑みながら私に手招きをする。私は疑問を覚えながらもナオミさんの方へ近づくと、耳元に口を寄せられて一言、囁かれた。
私はそれを聞いた途端にどんどん顔が熱くなり、俯いて沈黙してしまった。
『ノエルさんは、本当に乱歩さんのことがお好きなんですね』
――どうして私の恋心は、こうも皆さんに筒抜けなのでしょう……
私は心の中で羞恥に悶えつつ、早足で会議室へと向かっていった。
ナオミちゃんとノエルちゃんはけっこう仲良しです。
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