モブったらモブ!
"C班退避完了しました。"
"E班、退避完了"
"A班補佐です…っ降谷さんの命によりA班も退避完了しました"
『なっ…』
"…B班赤井だ。降谷くんはどうした。"
"こちらA班、降谷さんは…爆弾を解体すると建物内に残って…"
"…そうか。悪いが名前、俺は降谷くんの元へ向かう。こちらは任せろ"
『…っお願いします!どうかご無事で!』
"あぁ"
降谷さんが爆弾の元へ向かったということは原作では爆発したのだろうか。その被害で利き手を…?いや逃げる際に建物崩れに巻き込まれたのか?
嫌な想像ばかりしてしまう。大丈夫、大丈夫だ。赤井さんが向かったんだもの。なんとかしてくれるはず。
それよりも私は目の前のことに集中しなければ。相手を刺激してスイッチを押させてしまえば元も子もない。利き手どころか大事な上司二人を失うことにもなりかねない。
あれこれ考えているうちに奴のいるコンテナ近くに着いた。道を覗くと姿が見えたのだがどうにも様子がおかしい。倉庫を見ていた視線が別のところを見て…まずい、白乃がいることがバレてる。
奴は視線を白乃の方に向けたまま、じりじりと後ろに下がってきている。逃走を図るつもりだろうがそれはつまり、後ろに控える私の元に自ら向かってきているということ。…これはある意味チャンス。
ここまで下がってきた瞬間、奴の左手からスイッチを奪う。
脳内でのシュミレーションはできた。絶対に失敗は許されない状況に冷静になれと自分に言い聞かせる。…大丈夫、落ち着け私。さぁ、こい。
あと3歩、2歩…あと1歩で飛び出せる!といったところで、奴の目の前に白乃が銃を持って出てきた。
「っ降参しなさい!あなたの仲間たちはもう全員捕まってます!!逃げる道はありませんよ!」
銃を構えて奴に向ける白乃。
「ふっ…くっはははっ」
「…何がおかしいの…?」
奴は余裕の表情を崩そうとはしない。そりゃ組織でNO2となる男だから下手な末端とは違うだろう。対して現場にはまだ出たことのなかった白乃。…完全に分が悪すぎる。
「ふははっ考えなしの馬鹿なお嬢ちゃんだ。そのまま隠れていれば良かったものを」
「なんですって!!?あなたっ自分の状況わかってるの!?」
「もちろん分かっているさ。お前こそわかってんのか?…あぁわからないから出てきたんだよな。ーーそこに隠れているお姉さんの方が優秀だよ。…なにせ俺の持つ爆弾のスイッチに気づいたんだろうからな」
『…っ』
「ば、爆弾!!?隠れてって…あ…苗字さんっ…」
気づかれていたか…。にやりと笑う奴の手にはしっかりとスイッチが握られている。「出てこい」と言われてしまえば逆らうことは良策ではない。両手を上げて立ち上がり通路に出た。
「残念だったなお姉さん?お馬鹿なお嬢さんが出てこなければ、俺を捕まえられたかもな。」
奴は私に近づき、スイッチを持っていない手で私の顎を持ち上げぐっと視線を合わせて言った。
「ははっ!まぁ、お前らに捕まるつもりはさらっさらねえがな!…おっと動くなよお嬢さん。次に動けば倉庫はボカンだ。お前たちのお仲間は木っ端微塵だろうな。」
視線を白乃に向ければ、初めて立つ現場に、初めて持つ銃。白乃の手は小刻みに震えている。目の前には馬鹿にしたように笑うこいつ…何か策は…
視界の隅には倉庫から出て加勢に来た者たちが様子を伺っている姿が目に入っている。
こいつはまだ気づいていないようだが、スイッチをどうにかしない限り、この場の打開策はない。
ーーその瞬間ジジジッとイヤホンにノイズが入った。
"こちら降谷。爆弾の解体を終えた。名前、聞こえてるな。仕方がないから許可する。…好きに暴れろ"
『ふふっ流石です。降谷さん』
あたりまえだ、という降谷さんの言葉を耳に、怪訝そうにこちらを見つめる奴に向かってにやりと笑った。
『残念ながらここまでです。』
「なにをっぐわっ!!」
言い終わる前に奴の顎を蹴り上げた。後ろで控えていた者たちも一斉に出てきた。
奴はそれに気づき、ふらふらしながら白乃側へ向かっていった。っしまった。
その瞬間、パァンと銃声が響いたかと思えば、間をおいて奴が倒れた。
その音の先は顔を青くさせながら腰を抜かしてしゃがみこむ白乃。撃った、のか…?
急いで駆け寄ればただ気を失っているだけの組織の男。その姿は血が流れている様子もなく、意識がないだけのようだ。…すこし髪の毛が焦げていることからスレスレで当たらなかったのだろう。…ってことは撃たれたと思い失神したのか?NO2が?
何はともあれ駆けつけた先輩方に倒れるこいつを引渡し、任務が全て完了した。…やっと、終わったんだ。
風見さんが目の前を通り過ぎていったので目で追うと、白乃に駆け寄っていた。
「白乃さん大丈夫です、ゆっくり深呼吸をして。…そう、上手です。ではそのまま手を緩めてください。…よく出来ましたね。」
震える手で握っていた銃を手から離させてから、風見さんは片手で白乃を抱きしめ、もう片手ではやさしく背中を撫でた。
「ふ…うっ、風見さん!わ、私…!」
「…白乃さん、待機の言いつけを破ったこと、発砲したこと…帰ったら大量の始末書が待ってます。…それが終わればおそらく、暫くの間謹慎と減給です。」
事実を告げるその目は、まっすぐ白乃の目を見つめていた。現実をしっかり理解させるために。
「うっ…ご、ごめんなさいっ!!私も、力になりたくて…!」
「…はい、気持ちはわかりますが…今回の件は皆さんを危険にさらす行為だったということは分かりますね。
「っはい」
「しっかり反省してください。…でも、君が無事で本当によかった。」
"無事でよかった"…まさか降谷さんが白乃に言う言葉を、風見さんの口から聞けるとは。白乃を見つめるその目は甘く優しい。…っこれはこれで眼福。
ん…?っていうかそうだ降谷さん!
降谷さんのもとへ向かうため、倉庫へ走り出そうとしたところ、後ろからぎゅうっと力強く抱きしめられた。
「名前…」
『っ降谷、さん…?』
降谷さんの髪が首にかかる。倉庫から走ってきたのだろう息は少し上がっている。
「っ肝が冷えた」
『…私もです降谷さん。まさか爆弾解体するために残るなんて』
「あぁ」
『降谷さんが怪我したらどうしようって』
「あぁ」
『…無事で、良かったです』
「名前もな」
前に回っている降谷さんの腕に触れる。…大丈夫だ。失ってなんかいない…本当に良かった。
ーーーーーー
それから膨大な量の報告書を提出して、全ての処理を終えた頃、赤井さんたちFBIの方々は日本を出るとの報告が入った。
今回の協力体制により本件解決まで想定より早く進んだことから、これからもよい協力関係を築いていこうと話がまとまった。少し降谷さんは不服そうではあったが。
去り際に「我らFBIはいつでも君を歓迎するよ」と私の頭を撫でた赤井さんの手を、パシリと降谷さんがはたき落とした。
「2人の結婚式には是非参列させてくれ」
「呼びませんよ絶対」
『いや待ってください。突っ込むのは絶対そこじゃない』
完。
ーーーーーーー
モブったらモブ!
後日の話。
実印が必要な書類を慎重に確認し、印を押していたらすっと目の前に出された一枚の紙。また書類か、と渡してきた人の顔を見上げれば降谷さんがこちらを見ていた。あれ?
「印鑑を頼む」
『えっいや降谷さんの書類に私の印鑑なんて必要な…え。婚姻届?は…?』
「あっ苗字さん!これにも印鑑を…っきゃ!」
転けてどしっと後ろから乗っかってきた白乃の勢いで、机につんのめった。またか白乃。
とっさに左手は机について、右手は印鑑ごと机についてバランスを取った結果、あっやばいと右手を退ければ目の前にはしっかり印が押された書類。え……まじか。
その書類をするりと抜き取った降谷さんはにやりと笑った。
「ふっ確かにこれは貰っていく」
『えっ待って降谷さん!今しっかり見てたでしょ!事故だよこんなの!ま、待ってください!』
機嫌よく颯爽と歩いていく降谷さんを追いかけようとするが、まだ私にのしかかっている白乃。
『白乃!いつまで乗っかってんの、私降谷さん追いかけなくちゃっ』
「あぁあすみません!髪の毛が名前さんの襟のボタンに引っかかっちゃって」
『なんでさ…印ミスも髪絡まるきゅんハプニングも風見さんとやってよ…』
「へっやだ名前さん!なんで風見さんなんですかっ!あだっいたたたっ…」