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おべんきょう

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今まで見たことのないキョトンとした表情で固まる安室さんに、ふふっと笑いが溢れた。

そんな私をみて安室さんは眉を少し下げて名前さん、と声をかけてきた。

いつだって柔らかい笑顔を浮かべて、何事にも動じない安室さんなのに、それを私が一瞬崩したと思うと、少し可笑しかったのだ。

『ふふっすみません。ちょっと珍しい表情にびっくりしちゃって』
「僕だって予想外の出来事が起きた時くらい驚きますよ」
『そうですよね。…ふふっ』

名前さん、と態とらしくジト目で声をかけてくる安室さんは、これもこれで普段見れない珍しい表情だ。

「今日はどうしてカウンターの中に?」

そう、先ほど安室さんの珍しい顔が見れたのはこれが理由。いつもはカウンター越しにお話しているのに、今日はその内側にお邪魔している。

奥で在庫整理をしていた彼が戻ってきたら、カウンター中に私がいるのだから、先ほどの表情も頷けるわけだ。

『実はその、お恥ずかしい話、あずが…いや梓が学生時代の友達と旅行の予定を組んでたっていうのに、ポアロのシフト入れてしまってたらしく、その代わりです』

何かと天然なあずのドジっ子ぶりは今日が初めてではない。いろいろとやらかす事も多いが、なんだか憎めない可愛い妹のフォローにきたのだ。その言葉にほう、と頷く安室さん。

「なるほど…」

マスターに許可を頂いたとはいえ、安室さんにとって見ればいきなり来て私が仕事やります、では反応に困るのも仕方のない。

『…実は私も昔、ポアロでアルバイトしてたんですよ。ご迷惑はかけないようにしますので、よろしくお願いします。』

「そうなんですか!それは頼もしい」

では僕の先輩、ということになりますね。とからかうように笑顔で言う安室さん。…年上の彼から先輩、だなんて呼ばれるのはかなりむず痒い。

『…まぁでも本当、かなり前の話なので、あまり期待はしないでくださいね』
「ふふっ分かりました。」

コーヒーやフードの用意は安室さんにお願いして私はテーブルの片付けや注文を取ったりと、フロアのお仕事をさせてもらうことにした。

しばらく時間が経ってようやく忘れかけていたアルバイト時代の感覚を思い出した頃、カランとベルが鳴り、小学生くらいの眼鏡を掛けた可愛らしい男の子が入って来た。

いらっしゃいませ、と声を掛けると男の子は一瞬目をぱちくりさせて、返事を返してくれた。

「こんにちはお姉さん!はじめまして」
『こんにちは、はじめまして。上手に挨拶できて偉いねぼく。』

可愛らしい男の子がしっかりと挨拶をしてくれたので、しゃがんで頭を撫でるとなんだか微妙な表情を浮かべていた。撫でられるのは苦手だったのかな?しっかりした子だし子供扱いされるのが嫌だった可能性もある。

「お姉さん初めて見たからびっくりしちゃった!ねぇ、お姉さんは新しいウエイトレスさん?」
『あら、ぼくは常連さんなのかな?私はいつもここで働いている梓って子の姉なの』

「梓さんのお姉ちゃん?そうなんだ!僕は江戸川コナンっていうんだ」
『榎本名前です。よろしくね』

うんっ!と元気に答えるコナンくんは、私があずの姉と告げるまでは笑顔と裏腹に、私への警戒の色が見えた気がした。

…実は人見知りだけど挨拶はしっかりしなさいよ、と両親に教えられていたのかもしれない。この歳でしっかりしてる子だ。

面識のある梓の姉と知り、人見知りが無くなったのだろう、曇りない笑顔を向けてくれるコナンくんに微笑ましい気持ちになる。

「僕はこの上でお世話になってるんだ。」
『あらそうなの?ってことは毛利さんのところね。』

昔からよく下に降りてきてコーヒーを注文してくれていたので、その頃から毛利さんには大変お世話になっている。娘の蘭ちゃんも素直で可愛く、妹のような存在だ。

「うん!名前お姉さんは、アルバイト始めたの?」
『いいえ、今日だけ梓の代わりなの』
「代わり?」

男の子がこてんと首を傾げた姿はとっても可愛らしい。梓も小さい頃天使みたいに可愛かったのを思い出した。

『あの子ったらむかしからどこか抜けててね。…今日は、約束してた予定が被っちゃったんですって。それで今日だけ変わってあげたの。』
「へぇー!おねぇさん優しいんだね。」

『ふふっただで変わってあげたわけじゃないのよ。交換条件でね。』
「交換条件?」

『そう。私ね、高校を出てすぐ就職したから、今になって知識を増やしたいなぁーって思うようになってね。自分で勉強を始めて見たものの…行き詰まっちゃって』
「うん」

『あずに勉強詳しい人知らない?って聞いたら蘭ちゃん伝いに"沖矢さん"っていう人がいるよって紹介してもらうことになったの』
「…へ?」

『なんでも現役の大学院生らしいって言ってたから詳しく教えてくれるんじゃないかと思って、紹介してもらう代わりに引き受けたってわけ』
「へ、へー!そうなんだぁ!じゃあ今日だけのアルバイトさんなんだね」
『そうなの』

コナンくんと話していると、名前さん、と後ろから声がかかったので振り返った。

すると思ったより至近距離に安室さんがいて、その近さにびっくりして数歩下がろうとしたが、安室さんは私の腰に手を回してぐっと引き寄せるので、その距離はより近くなった。

「ーそれってぼくじゃだめですか?」
『え?』

「いえ、確かに"現役の大学院生"というのは知識量も豊富でよいかもしれません。ですが、ぼくも負けないくらいの知識量はあると自負してます。この後時間もありますしいかがでしょう』

自分より上にある安室さんの顔を見上げるが、拳一つ分くらいしかないこの距離でそう提案する安室さんはなんだか圧迫感があった。

『そんな…ご迷惑ではありませんか?』
「いいえとんでもない…それに、僕以外の男性と2人っきりだなんて嫉妬に狂ってしまいそうなので」

「はははー…(まぁ相手が相手だしなぁー) 」

頑張ったらご褒美もあげますよ、いえいえご褒美なんて…と会話する姿をコナンは呆れ目で見つめていた。この2人の姿を見る限りどうにも安室さんの良い人なのだろうと予測がついたので、もう自分には敵が味方かと心配する必要はないなと判断したものの…目の前でいちゃつかれるのはどうにも耐え難い。こっちは蘭と本来の姿で会うこともままならないってのに。

『では、甘えさせてもらいますね!よろしくお願いします。』
「ふふっはい、お願いされました。」

まぁでも安室さんの生活の中で落ち着ける場所があるってのが分かって安心した。安室さんはいつも気を張り詰めて行動しているから、休める時間はあるのかと心配していたのだ。ちょっとでも力を抜ける時間が必要だと思っていたから少しほっとした。

「名前お姉さん!僕オレンジジュースが飲みたいな!」

そっか!ちょっと待っててね、と頭を撫でてくれる名前さんと、どこか優しい笑顔で準備に向かう安室さんになんだかむず痒いながらも暖かい時間を過ごした。

ーーーーーー


「ーーっと、今日はこれで終わりにしましょうか。お疲れ様です名前さん」

その言葉にノートに落としていた視線をふっと上げると、窓から見える外の景色はもう真っ暗になっていた。慌てて携帯にタッチして時間を見ると、夜の10時を回っていた。

『えっ、あぁもうこんな時間!すみません安室さん…長く付き合ってもらっちゃって…』

ポアロの閉店作業を終えてから、施錠を条件にマスターに場所を貸してもらっていたのだが安室さんの教え方が上手すぎてスラスラ解けていく問題たちに没頭して、気づくのが遅くなってしまった。やっちゃった…。

「いいえ、僕も楽しかったです。そうだ名前さん、頑張ったご褒美ですが」
『え!いやご褒美なんてそんな!むしろ私が何かお礼を…』

ちゅっとおでこに感じる柔らかい感触。一瞬何が起こったか考えなくても、離れていく安室さんの甘く柔らかい笑顔で事を察する。

『っ!あ、あむっ…』
「今日はこれだけです。次回も頑張りましょうね」

体温が一気に上がってくるのがわかる。今日は…次回も…と、頭をループする言葉。またこの人はこうやって簡単に私の心をかき乱すんだ。


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おべんきょう。

「送っていきますね」
『ほんとに、何か何までありがとうございます』
「僕の家で良いですね?」『えっ!』
「ふふっ冗談です。…今日のところは」『んっ!?』
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