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可愛い子

『んー、これうちの管轄じゃないよね。他に回して』
「はい!」

「苗字さん、自分も確認お願いします!」
『いや枚数すごっ…分かった、後で確認するから机置いといて』
「はい!お願いします。」
『はいよーっ』

「あのぉ、苗字さん、この承認って…」
『ん?…あーこれかぁ〜。これなら私の権限でも通ると思う。確認して印鑑押しとく。』
「ありがとうございます!」

後輩たちからの確認の声がひと通り落ち着き、ふぅ、と息をついた。

喉が渇いたので飲み物でも買いに行くか、と行動を起こそうとしたところで目の前に缶コーヒーが差し出された。

「お疲れさまです、苗字さん。どうぞ」
『お!コーヒー嬉しいなぁ。ありがと、風見』

「いえ。…皆、苗字さんが無事に戻ってきて嬉しいのは分かりますが、いつもの倍以上の働きぶりですよ」
『ふふっそれは言い過ぎでしょ』

「本当ですよ。いつもなら仮眠室が埋まる時間帯なのに、今日は皆んな休もうともしない」
『おっと、それはいただけないねぇ…徹夜のし過ぎでハイになったか?』

あまりぶっ続きで行われても人間の集中力なんてそう長く持つものではなく、一定時間毎に休憩を挟んだ方が正確性も下がらず捗るものだ。

"しばらく休憩に入っていないものは、10分でもいいから仮眠を取るようにー!これは上司命令!"

そう指示を出せば何人か渋々といった感じで数人が席を立った。…おいおい、休憩取ってないやつそんなにいたのか。

ーー

長期の潜入捜査を終えてやっとここに戻ってこれた。日本だけに留まらず、海外にまで拠点のあった組織に潜入していたのだが本当骨の折れる仕事だった。

潜入捜査中は滅多にここに顔を出せなかったけど、たまに覗くたび元気な挨拶をしてくれる後輩たちに何度励まされたことか。

そして昨日、組織の連中を一斉検挙することに成功しようやく解放された。

潜入の計画から壊滅まで全て合わせて5年くらいだろうか。…今回は本当に長かった。

できれば今日一日ぐったり布団に包まれていたかったがそんな事許されるわけもなく、全てが終わった直後から資料室に篭り今までの資料達と回収したブツを確認して最終報告書を作成し、上司に報告を終えたのは夜も更けて23時を過ぎた頃。

たまりにたまった有給で明日からしばらく休みをもぎ取…頂いたので、休みの前に今日ギリギリまでは事務作業を手伝おうと、企画課に足を運んだ。

部屋を覗くと鬼気迫る表情でデスクに向かっていたもの達が顔を上げて、方々からおかえりなさいと声が上がり顔が緩んだ。…帰ってきたんだなぁとやっと実感が湧いてきた。

ただいまーと返すと、「苗字さん早速ですがこの案件って…」と質問が飛んだのをきっかけに冒頭のやりとりが始まったのだ。



「それで、今回の潜入が終わったことを降谷さんへ報告されました?」
『いや?まだしてないけど…会ってないし』
「えっ」

休憩に行こうと立ち上がっていた者も、パソコンと睨めっこしていた者も何故か手を止めて、部屋全体の空気が一瞬固まった。な、なんだなんだ?

『あいつも別の案件に入ってるだろ?わざわざ終わったよーなんて報告しなくても次の登庁の機会にでも言うさ』

「…ちょっと待っててください!」
『んん?なんで?』
「いいから待っててくださいっ!!」
『あい』

いや私先輩だけど…と言葉をこぼしつつ、携帯片手に慌ただしく廊下に走っていく風見を見送った。

…仕事するか。

回ってきた書類にサインをして、不備があればチェック後作成者に返却。そして上から届いたデータを全員分印刷し始めたところで、バタバタと廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。こんな夜中に騒がしい奴がいるもんだ。

「ーーっ苗字さん!!!」
『うわあっ!!…びっくりしたぁ…!』

バンッと扉が開いた後、部屋中に響き渡る大きな声で名前を呼ばれて心底驚いた。後輩たちも数人席から浮いた気がする。

「苗字さん!!…っなんで!!』
『うるさいぞ降谷…何時だと思ってるんだ』

壁にかかっている時計を指差して0時を超えていることを示すと、ぷんすか怒っている可愛い後輩の眉がさらにつり上がった。あぁ今日はご機嫌ななめだ。

「苗字さん!どうして戻ってきてたことをすぐに教えてくれないんですか!」
『あぁー…後で言うつもりだったんだ、ごめんごめん』
「っ嘘です!風見に聞きましたよ、次に会うまでは特に報告する気がないと言ってたと!」

なんだって正直に喋ってんだよ風見。降谷の背後に控えている風見に目を向けるとすっと視線を逸らされた。…おい、降谷より私の方が先輩だぞこら。

「聞いてるんですか!ーーっ苗字さんはいつもそうだ、いつだって俺を弄んで…」
『はあ?誰が弄んでるって??!』
「あなたです!!俺はいつも言ってましたよね?!戻ってきたらすぐ報告してくださいって。あなただって分かったと返事をしていたじゃないですか!」

『あー…確かに、言った気がしないでもないなぁ』
「っ言ったんです!…なのに!戻ってきたかと思えば俺を後回しにして後輩たちばかり可愛がって!…ずるいじゃないですか…」

今までの勢いが無くなり、しゅんと眉を下げてずるいと訴える降谷。こういうところわんこっぽいよな。きゃんきゃんと吠えたかと思えば、耳の垂らしてこちらを伺う可愛らしいわんこ。

『悪かったよ。約束してたのに報告が遅れてすまない』

サラサラな降谷の髪を撫でると、まだ多少不機嫌そうではあるものの気持ちよさそうに柔らかく目を細めている。

「許しません。俺との約束を破った罪は重いです」
『うん』
「…明日から…もう今日になりますが有給を取られると聞きました」
『うん、長期潜入だったからね。少し我儘を言わせてもらったの』
「その時間をください」
『うん。……え?』

「ご飯は作ります。洗濯も掃除も俺がやります。その間好きな時に好きなことをしていただいて構いませんが帰ってくるのは俺の家です」
『なにそれ素敵な提案。…いやいやだけどそんなの申し訳な…』

「じゃなければずっと恨みますからね」

ぎゅうっと私の手を握って迫ってくる降谷から助けてもらおうと部屋を見渡すが先ほどの風見同様、皆んな目線を逸らしやがる。

『…分かったよ…じゃあよろしくね?』そう言った瞬間ぱあっと表情の明るくなった可愛い後輩。いつもこの勢いに負けて結局甘やかしてしまうんだが、こんな可愛い反応をされてしまえば、まあいいかと思えてしまうのだから不思議だ。


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「まるで新婚みたいですね」
『ははっそうだな。降谷が旦那さんなら奥さんは幸せだろうな』
「苗字さん…!」
『わっばか抱きつくなっこら!』
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