牡丹は来た初日に眠りについて、まだ起きる気配はない。かれこれもう丸一日経とうとしている。
雑誌を読みながら、俺の横で寝る牡丹の指通りのいい髪の毛を梳く。部屋には牡丹の規則正しい寝息だけが聞こえる。
看守も無闇に顔を出すような真似はしなかった。…というか、その暇がないようだ。雌の匂いがすると言って暴れ出した他の囚人達の対処に追われているようで、その証拠にあちこちから看守の怒鳴り声が微かに聞こえる。
「…うるさいな」
仕方ない、たまには手を貸してやる。
ドアをノックし、看守を呼び出す。
「んだよ、今忙しいんだ」
「代われ」
「あ!?」
ドアを引っこ抜いて看守を空いている方のベッドに放り投げた。
「おい!」
「起こすなよ」
「……」
キレネンコはそう言い残して、ボックスに乗って消えていった。
「…くそやろー…」
看守は頭を抱えながら、視界の端にちらと見えた牡丹に気づく。牡丹の寝ているベッドに歩み寄り、丁度いい高さまでしゃがみ込む。
「…めっちゃかわいい」
男の庇護欲を掻き立てる整っていてかつ幼い顔立ちに、華奢な体と白い肌。んー…と寝返りをうった牡丹から仄かに香る甘い匂い。
ちょっとふにふにしたい、という誘惑に誘われ、指を伸ばしかけた時。
どがっしゃああああん!!!
「!?」
監獄内が揺れる程の轟音に続け、追い打ちのように響く断末魔。
「あ、暴れてんなあ…」
その時、ボックスを左から右へ走り抜ける影が。どうやら左側への鉄槌は終わったらしい。
「ん…?」
「あ」
起きた牡丹を見て頭を抱えてこれは俺のせいじゃねえよ、と1人愚痴る看守。牡丹は寝ぼけ眼で、どうして看守がいるのかよくわからずひたすら首を傾げている。
「なんばー…よん」
「あ、No.04か? 待ってな、もうすぐ戻ってくるだろ」
看守の言っていることが多少わかるのか、はあいと間の抜けた返事をして眠そうな目をこする。
しばらくして二回目のどがっしゃーんを聞き、間も無くキレネンコが傷一つなく帰ってきた。
「…起こしたな」
「俺じゃねえよ!!」
「…言い訳は聞いてない」
「俺の話を聞けええぇ」
お前が暴れまわったせいだろ!! と言われ、なるほど一理あるなと思い直し看守の首根っこを離した。
「よんー、おか…えりー」
短い腕を精一杯伸ばして俺に抱きつこうとする牡丹。俺を見上げて、起き抜けの間の抜けた笑顔で拙くおはよーと呟く。
「…よん?」
「No.04をお前の名前だと思ってるらしいぜ」
「……」
よんーよんーと言いながら抱きついてくる牡丹を見ていると言うのも気が引けるが、訂正は後にする。
「まあ、今回は助かった」
「昼飯」
「へいへい」
ようやく静かになったと思いベッドに寝転べば。
なんだこりゃあああぁ……と看守の断末魔が響いた。
20140512
―――
アトガキ
牡丹は少しなら話せます。
ほんの少し。
あの看守やら何やら出てくる箱?をボックスと呼んでます。何あれ。蟹歩き式エレベーター?
ちなみにキレネンコ、監獄半壊くらいはさせてます。
next