「………」
目が覚めた牡丹は、まず今の状況に固まった。
「(…そうか…昨日焦凍が部屋に戻って来る前に寝たんだった)」
目の前には、焦凍の寝顔が。そして自分は焦凍の腕にしっかり閉じ込められてしまっている。起きたばかりなのに、心臓がうるさい。
「………」
ゆるゆると、焦凍の腕から逃れてベッドから出ようと努力。
「(…ふう…)」
上手く抜けて、ベッドの端に座る。そのまま立ち上がろうとすると、後ろから服を引っ張られて布団の中へと戻された。
「焦凍…!?」
「…眠い」
「じゃあ寝てくれ、私は朝食を作るから…っあ!」
「そんな急ぐなよ」
「ん〜っ!」
ばたばたと抵抗するのをまったく意に介せず、焦凍の手は牡丹の胸の形を好きなように変えていく。
ふにふにと揉んでみたり、少し硬くなった頂を押し潰してみたり。
「牡丹は感じやすいのか?」
「しら、ないっ…んっ!」
「………」
ぱ、と手を放し、バタンと寝室を出て行く焦凍。いきなり刺激が止んだ牡丹は、もどかしさとわからなさでベッドにダイブするしかなかった。
「…そうだ、朝食を作るんだ…」
ふらふらと覚束ない足取りで、牡丹も寝室を後にした。
―――
「焦凍! どこに行ってたんだ?」
「トイレ」
「…トイレに何かあるのか?」
「(本当に何も知らねぇんだな…)」
何も、と適当に答えて台所に入る焦凍。少しずつ教えていけばいいか、と手渡された水を喉に流し込む。
「朝飯は?」
「朝は食べる方か?」
「普通だな」
「じゃあお味噌汁と…目玉焼きと…ご飯はあるな、おかずが無いか」
うーん…と唸りながら冷蔵庫を覗く牡丹。
「すまない、週末はどうしても冷蔵庫が空になる…」
「いや、別にいい」
「すぐ出来るからテレビでも」
「手伝う」
「いいのか? 助かる」
二つ鍋を並べた牡丹が少し指を振るような動作をすれば、鍋にはもう水が入ってある。
「目玉焼きを頼む」
渡されたフライパンを火にかけ、温まったところで割り入れる。牡丹を見れば、「うーん、サラダだな…」と呟いてレタスやらなんやらを取り出していた。
「あ! パプリカがある!」
ころん、と出てきたのは黄色のパプリカ。その隣にトマトが置かれて、一気にサラダらしくなった。
「あ、沸騰したらこの卵を入れてほしい」
「ん」
「焦凍、嫌いなものは無いのか?」
「特に」
「好きなものは?」
「…蕎麦」
「蕎麦か! 今度作ってみよう」
「…楽しみだな」
まさか作るという単語が出るとは思わなかった焦凍は、少々面食らった。
「これを食べ終わったら帰るのか?」
味噌を溶かしながら、牡丹はそう聞いてきた。
「…どうしたい」
「え! 決めていいのか?」
「休みだからな、そのつもり」
「じゃあ…えーと…」
前々から行きたいところを幾つも言っていたから、いざ行くとなると迷うんだろう。
「…これからいくらでも出かける機会はある」
「そう…か?」
「付き合ってんだから」
「………」
実感が湧かない、というように目を丸くしてから顔を赤くする牡丹。
「沸騰してる」
「わあ!」
慌ただしく火を緩め、勢いに任せて豆腐と油揚げを投入。
パプリカを手に取って、スタン! と真っ二つに。
「それくらいで動揺すんなよ」
「焦凍が冷静すぎるんだ!」
「………」
「慣れてるのか?」
「いや、牡丹が初めてだ」
「余計にわからなくなった」
「性格だろ」
「…確かに、焦凍はあまり表情が変わらないな。時々わからなくなる」
「別に機嫌が悪いわけじゃねぇけどな」
「不機嫌な時は分かり易い」
「…どこらへんが」
「今だよ」
クス、と笑って頬をつつかれた。
「笑わないくせに、不機嫌はすぐに顔に出る。分かり易いと言われて納得いかなかったんだろう?」
「…うるさい」
「今少し照れたか? 新鮮だな」
頬が赤い、と微笑む牡丹から顔を逸らす。何故か牡丹の方が余裕があるのが気に食わない。
「よし、これを頼むよ」
渡されたのは、ボールとフォーク。中には先ほど茹でた卵とマヨネーズ。
言われるがまま卵を潰していると、焦凍に注がれる視線。
「…なんだよ」
「いや、フォークで潰す姿が可愛いと思って」
「…見んな」
「いいじゃないか! 減るもんじゃないし…」
「減るとかの問題じゃねぇ」
「焦凍の照れるポイントがよくわからないな…」
「照れてねぇ」
文句を言いながら、料理を皿に盛り付けていく牡丹。
「潰せたらサラダに混ぜてくれ」
「ああ」
「焦凍は料理するのか?」
「…時々」
「そうなのか! 千切りが手慣れてるなと思ったんだ」
どんな料理だろうなーと楽しそうに呟きながらリビングに向かう牡丹。
「サラダを持ってきてくれ、それで最後だから」
もうほとんど用意されている食卓の真ん中にサラダを置く。
「ありがとう、焦凍。思ったより早くできた!」
「そりゃあ良かった」
「いただきます!」
「いただきます」
「ちょっとした同棲みてぇだな」と呟くと、牡丹が噎せた。
―――
ピンポーン
「はーい!」
片付けを始めようとしていたところに、インターホンが鳴る。
「………」
バタバタと廊下に牡丹の足音が響いて、
「焦凍!!」
ば、と目の前に見せられたのは雄英高校からの封筒。
「い、今開けていいか?」
「ああ」
「…えい!」
びり、と封が切られ、飛び出したのは…
"合格だ!! おめでとう! これで晴れてヒーローへの切符を…"
「オールマイト…」
"―――会えるのを、楽しみにしている!"
「………」
映像が終わり、静寂。
封筒を握りしめたまま、牡丹は焦凍を振り返った。少し涙目で、嬉しさが全身から溢れている。
「〜っ…」
「…ほら」
両腕を広げれば、少しためらってから飛び込んでくる牡丹。
「良かった!」
「ああ、良かったな」
ちゃんと抱き締めるのはこれが初めてだな、と思いながら鍛えている割に華奢な腰に手を添え、もう一方は牡丹の後頭部に。
「これでひと段落だ…」
焦凍の胸に頭を預けて、細く息を吐いてからハッと気付いた。
離れようとした時には時既に遅し、焦凍の手によってしっかりと捕らわれていた。
「あ、ありがとう焦凍。もう離してくれていいよ」
「…まだだ」
「………」
人の体温に慣れない牡丹には、焦凍の逞しい体つきだったり、体に触れている自分とは全く違う大きな手の平だったり、自身の首にかかる焦凍の吐息だったりが、全て心臓に悪いもので。
目に入るものを意識してしまうからと思い目を瞑っても、自身の心臓が煩くて落ち着くどころでも無く。一層感覚を意識してしまって逆効果だった。
「…牡丹」
「…?」
「いい匂いがする」
「〜っ、」
その一言で、自身も焦凍の匂いを意識してしまうことになる。柔軟剤なのか、それとも特有のものなのか、とても落ち着く匂いで。でも状況を考えると落ち着ける状況でも無く。
「…で、今日どこ行きたいか決まったか」
拘束が緩くなって、身動きが出来るようになった。息を止める勢いだった牡丹はゆっくりと深呼吸をして心臓を落ち着ける。
「…ちょっと待ってくれ」
いつも通りの私に戻るんだ、と呟きながら食器を片付けていく牡丹。それに続いて、焦凍もため息を一つついて台所へと向かった。
20150120
―――
アトガキ
オールマイト適当でごめんなさい
とにかくこれで受かりました
矛盾は色々出てくると思いますが、ご愛嬌で
ストックなくなりました
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