「焦凍、この映画知ってるか?」
「聞いたことはある」
目の前に出されたスマホの画面には、「お餅マックス」という映画の題名と餅の形をした白い物体が。
「お餅型ケアロボットのお餅マックスが活躍する話で、前から見たいと思ってたんだが…」
「じゃあそれでいい」
「! いいのか?」
「ああ」
わーい! という声が出そうなくらい両手を上げた牡丹は、そのままぱたぱたと走っていって戻って来なかった。
「(…俺も用意するか)」
ジャージをたたんで、黒のデニムを履いて。
その時、ぱたぱたという音が戻ってきた。
「焦凍! これを…っ! す、すまない…」
「逆だ」
「な、何がだ? とりあえず上の服を着てくれ!」
服を着替えたらしい牡丹は焦凍が上半身裸とわかるや否や、顔を隠して背中を向けた。逆だったらどんなに良かったか、と焦凍は残念そうに上のシャツのボタンをとめていく。
「で、何だ」
「あ、えーと…この服なんだが、着る機会が無いと思ってタンスの奥になおしてたんだが」
着るなら、今だと思って…とはにかむ牡丹が着ているのは、赤いフリルのミニスカートに黒タイツ、ダッフルコート。私服姿を見たことが無いからか、こういう女子らしい姿は新鮮だ。
「襲ってもいいか」
「へ!?」
「その足を撫で回したいな」
「な、何を言ってるんだ焦凍!」
「よく似合ってる」
「あ、ありがとう…?」
「だからちょっと触らせろ」
「それは違う!!」
顔を真っ赤にしながらドアの影に隠れる牡丹。
「ほら、行くぞ」
「あ、ああ」
素直についてくる牡丹が可愛い。
―――
「開場まで後1時間らしい!」
「店でも見て回るか」
牡丹の歩幅を気にかけながら、並んで歩く焦凍。
「あ! うさぴよだ」
うさぎとひよこがプリントされたいろいろなグッズが並ぶ店。このうさぎとひよこ二匹合わせてうさぴよと呼ぶ…らしい。
そういえば牡丹の家にあった皿はこのキャラだった。
「…好きなのか」
「ああ、かわいいだろう?」
「(…牡丹の方が可愛い)」
うさぴよの枕に頬を擦り寄せる牡丹を見て、そんなことを思った。
「………」
ふと目に入ったのは、マグカップ。二つのマグカップを並べればうさぴよが出来上がるようになっている。
「焦凍、それかわいいな!」
マグカップもいいなあ、とクッションを抱いて隣から顔を覗かせる牡丹。
「…牡丹の家は、結構これで埋め尽くされてんだな」
「そっ…そうか?」
思えば描写が面倒だっただけで、ベッドカバーも枕もバスタオルもうさぴよだったかもしれない。
「確かに…多いかも」
うーんと唸り出した牡丹を引き連れて、服屋が集まる階へ向かった。
「牡丹の好みは聞いたことねぇな」
「私の服か? 外出は制服で済ませてしまうからなあ…」
「いや、男に対しての」
「…ん?」
「だから、俺の服」
「…焦凍の?」
「どんなのが好きだ?」
「…!」
ぱあっ、と音がつきそうないい顔をして走り出していった。
「これなんかどうだろう!」
「せめて外で着れんのを選べ」
服じゃなくて着ぐるみを持ってきた。真っ白なそれに、垂れ下がる細い布が二本。…多分うさぎだ。うさぴよのうさぎの方だ。
「なおしてこい」
「焦凍、気づいてないかもしれないが焦凍は"いけめん"と言われる類の顔だ! そんな男子がこういう着ぐるみなんかを着るとギャップでとてもかわいく見えると思うんだがどうだろう…?」
「なんでそこで熱弁するんだ」
まさか牡丹がそんな考えを持っていたとは。
なおしてこい、ともう一度言って露骨に落ち込んだ牡丹を見送る。
「で、どうなんだ」
「えーと…そうだなあ…服には疎いから」
「適当でいい」
適当に選べるわけないだろう…と呟きながら、服を見る牡丹の目は真剣そのものだ。焦凍と服を合わせて見るのを何度も繰り返した挙句、
「…焦凍はなんでも似合うな」
そんな事を呟いた。
「ああ、でも黒い服は特に似合うな」
これなんかシンプルで好きだ、と黒いシャツを体に合わせる牡丹。
「すまない、よくわからなくなってきた」
「…いや、よくわかった」
出した服をなおして、店を出る。牡丹の好みはなんとなくわかった。なんでも似合うと言いながら、手に取るものを見ていれば大体分かるものだ。
「…そろそろ時間だな」
「もうそんな時間か」
二人は「お餅マックス」を見るため映画館へと向かった。
―――
「焦凍は映画よく見るのか?」
「いや、何年か振りだ」
「随分昔だな」
席に座って、そんな会話。
「私も久し振りだ」
そう言って予告が流れていくスクリーンを見る牡丹の顔は、とても嬉しそうだった。
「始まるぞ!」
「ん」
―――
"お餅マックス!! 逃げろ、追いつかれるぞ!"
「…!!」
「………」
"ドガッシャアアアン!!"
ガタッ!
「………」
"一つだけ、助かる方法があります"
"い、いやだ、お餅マックス!! 離れたくない! 二人で帰るんだ!"
ぐすっ…
「………」
―――
「面白かった!」
「…ああ(牡丹が)」
場面によって細かくリアクションを取る牡丹は見ていて飽きなかった。
「お餅マックスかっこよかった!」
「そうか」
「私と似たような個性のキャラクター、あれは特にかっこよかったな! 個性贔屓かもしれないが、参考にするところがあった」
「…ここまで来て個性の勉強か」
「焦凍はどうだった?」
「…そうだな」
期待の眼差しで見上げてくる牡丹を見て、その頭を撫でる。
「牡丹が一番面白かった」
「私が!?」
「喜怒哀楽がわかりやすいな」
「…き、気付いてたのか」
「ばれてねぇと思ってたのか」
映画見てたのか!? と聞かれたのを受け流して、うさぴよのグッズが並んでいた店に向かった。
「焦凍、どうしたんだ?」
「用事」
どうせなら牡丹の好きなキャラクターがいいだろう、とうさぴよのペアマグカップを買って牡丹に渡す。
「ん」
「えっ、いい…のか?」
「うさぎとひよこどっちがいい」
「…ひよこ」
「じゃあ俺がうさぎ使う」
「ありがとう!」
嬉しそうに笑う牡丹を見て、渡し甲斐があるな、なんて思った。
「…腹減ったな」
「そう…だな、もうお昼時か」
「何が食いたい」
「焦凍は?」
「蕎麦」
「確か上の階にお蕎麦屋さんがあった!」
「…行くか」
牡丹は知らないが、その上の階の蕎麦屋というのは焦凍が結構気に入っている店だったりするのだ。
―――
「いただきます!」
「いただきます」
昼時を過ぎた蕎麦屋はちらほらと席が空いていて、意外とすんなり入ることが出来た。
「………」
こっそりと、焦凍を観察してみる。あまり表情を変えることがない彼が蕎麦が好きだというから、多少は何か変化があるかと期待してみたが。
「(…無表情だ)」
特にいつもと変わりはなく、むしろ静かさに拍車がかかっている気もする。ここで焦凍が不味いと言えば不味いんだろうし、美味いと言えば美味いんだろう。そんな、どっちつかずな。
「(…そういえば)」
そう、普段は意識すると無駄に緊張してしまうので気づかない様にしていたこと。焦凍は、誰の目から見ても言えるイケメンだということ。
特にセットされているわけでもないのにさらさらなその髪や、見つめられたらほとんどの女子はノックアウトなその顔立ち、服に隠れて見えないがその下のよく鍛えられた逞しい筋肉。更には頭が良くて個性もほとんど弱点なしの最強ときている。
「(…天は二物を与えずというのは嘘だ)」
ほら、目の前に。目の前に少なくとも二物以上持っている人物が蕎麦を食べている。
牡丹は自分のことは棚に上げてそんな事を思った。
学校では焦凍の事を影から思う女子たちに疎まれているのだから仕方ないといえば仕方ない。一度酷い目にあったのを牡丹は焦凍との釣り合わなさ故だと勘違いしている。
焦凍が蕎麦を食べ終わったのを見届けて、牡丹は呟いた。
「…焦凍は、」
「?」
「本当に格好いいな」
「は」
目を丸くする焦凍を見てレアだな、と思った。
「…唐突だな」
「いや、前から思ってはいた。言わなかっただけで」
「言われんのは初めてだ」
「え? 焦凍なら言われ慣れているだろう」
あっけらかんとそう言ってのける牡丹。
「牡丹にだよ」
「ああ、私にか」
「なんで今更」
「…この距離なら言っても大丈夫だから」
「………」
そう呟いた牡丹はお茶を飲んで素知らぬ顔をした。
律儀に理由を言ってくる牡丹に思わず笑みがもれた。確かに、机が邪魔でからかうには距離が遠い。
「出るか」
「そうだな! ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
店から出て、一呼吸。「次はどこ行く」、と言う前に、ぐいぐいと手を引っ張られる。
「あ、あれはうさぴよ!! 動いてる! 行こう焦凍!」
「………」
焦凍の手を引っ張る女らしい細い手を眺めながら、半ば引きずられるようにして牡丹について行く。その先には、手を振ったりするうさぴよを中心に子どもたちが群がっている。
「(…無自覚って怖ぇな)」
なかなかスムーズに動き出そうとしない焦凍に焦れたのか、はやく! と両手で引っ張り出した。
「(…早く気付けよ)」
「(自分が、誰を好きなのか)」
感覚が麻痺してしまうほどに、近くに居過ぎた。
焦凍は少し息を吐いて、牡丹の手に素直に引かれていった。
20150126
―――
アトガキ
本当のマックスの方はかっこよかったです面白かったです
Mr.インクレディブルとか、ああいうの大好きです
うさぴよはオリジナルキャラクターです
うさぎとひよこが並んでるだけ
お気づきの方多いと思いますが、描写が迷子です
服装については、説明下手すぎて脳内のイメージが文章にできませんでしたすみません
いい加減本編(コミック)に入れよと思っています
雄英に入るまでにやらせておきたいことがもう少しあります
連作と言いながらがっつり長編になってしまっていて申し訳ないです
3500字と長めになってしまいました
レポートもびっくりです
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