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嫌悪感とエトセトラ

「お疲れ様です」

頭上から降ってきた大嫌いな声に内心苛立ちながら、スマホに落としていた視線を上げて真正面に立つ男を見上げる。学食のトレイを持った二宮は「ご一緒してもいいですか」と言いつつ、私が返事をする前に私の向かい側の席にトレイを下ろした。

「ねえ、わたしいいなんて一言も」
「駄目でしたか」
「……先約がいる、から」

だからどっか行け、と付け足しそうになるのを寸でのところで堪えて、誤魔化すようにペットボトルに口を付けた。
先約がいるのは本当だ。ただそれは二宮もよく知る相手なので、先約が誰なのか知られると居座られる可能性が非常に高い。大嫌いな男と一緒に食事をする気はさらさらないので早急に諦めてもらわねば。

「それはご友人ですか?」
「友達というか…えっと、同じ学部の後輩?過去問貸す約束してて」

何だこいつ、えらく食い下がって来るな。いつもならすぐ諦めてくれるのに。唇をきゅっと結んでどうしたものかと考えあぐねていると、後ろから「あれ、二宮?」と第三者の声が聞こえてきた。
私の背後に視線を向けた二宮は全てを察したらしい。普段の三割増しの仏頂面で再び私に視線を戻した。

「同じ学部の、後輩」

二宮はゆっくりと噛み締めるようにそう言った。顔だけではなく声まで不機嫌さが滲み出ている。私は二宮から視線を外して、二人分のトレイを持った太刀川を振り返った。完全に私の負けである。

「……ごめん太刀川。二宮もいいかな」
「別にいいけど。ていうかこっちこそごめんね天野さん、Aランチもう終わっててさ。B定食でもいい?」
「ああうん、全然いいよ。ありがと」

太刀川からトレイを受け取ろうと手を伸ばす前に、テーブルに置いていた腕に何かが触れた。太刀川に向けていた視線を正面に戻すと、目の前にはAランチのトレイが置かれている。誰がやったかなんて、そんなの一人しかいない。

「太刀川、それはこっちに寄越せ」
「は…?ちょっと、」
「大丈夫です。まだ買ってきたばかりなので冷めてはいないと思います」
「いやそうじゃなくて」

言いかけた文句は目の前を横切ったトレイに遮られた。私がもらうはずだったトレイを二宮に差し出した太刀川はよかったじゃんと笑ったけど、私のこの顔を見てよくもまあそんなことが言えたものだ。

「さ、早く食べようぜ」

私の隣の席に腰下ろした太刀川は鼻歌を歌いながらうどんを啜り始めた。それに倣って二宮も淡々と食事を始めたので、私は開きかけた口を閉じて、躊躇いつつもフォークを手に取った。
気を遣ったにも関わらず、ありがとうの一言すら言わなかった私を見て、二宮は何と思っただろう。いい加減私が自分を嫌っているのだと気付いてもいい頃なのに。

「あ、ねえ天野さん、今度の金曜日ヒマ?諏訪さんが友達から居酒屋の割引券もらったって言ってたからさ、大学終わったあと飲みに行こうよ」
「金曜日?たぶん何もないと思うけど…何日だったっけ」
「27日です」

私の問いかけに答えたのは二宮だった。思わず視線を上げれば、二宮はじっと私を見つめて、それからその視線を太刀川へと向けた。

「その日は駄目だ」
「え、なに。おまえも行きたいの?めっずらし」
「違う、俺じゃない。朔さんが駄目だと言っている」
「はあ?何であんたにそんなこと言われなきゃいけないの」
「別に他の日だったら何も言いません。ただその日は、」

珍しく言い淀む二宮に苛立ちが募っていく。私は溜め息を吐いて、サラダにフォークをぐさりと突き刺した。

「私がいつ誰と何をしようが、二宮には関係ないでしょ」
「そうですが…」
「太刀川、27日行くって諏訪にも言っといて」
「え、うん。いいけど…えっと、いいの?何か二宮と約束でもあるんじゃ」
「そんな予定一切ないし」

冷たく言い放ってサラダを口に運ぶ。すっかり気まずくなった空気にさすがの太刀川も居心地の悪さを感じたのか、食事が終わるまで誰も言葉を発しなかった。

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