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あの時は取るに足らない出来事だと思っていたのに、後になってそれは特別で、二度と戻らない大切な時間だったのだと思い知らされる。

花京院くんと二人で食料調達に行った帰り道、話が盛り上がりすぎてわざと遠回りして帰ったら、お腹を空かせたポルナレフさんに怒られたこと。
アヴドゥルさんが「みんなには内緒だぞ」と言いながら、懐に忍ばせていたキャンディをくれたこと。
イギーとは毎回ホテルで同室だったのだが、いつもベッドを取られてしまうので毎晩ソファで眠ったこと。

きっと私がしわくちゃのおばあちゃんになっても色褪せない、大切で愛しい思い出の一部だ。



星屑の海を渡る




「……い、おい聞いてんのかなまえ」

承太郎の整った顔が突然ドアップになったものだから、私は「ぎゃっ!」なんて女らしくもない悲鳴を上げて飛び上がった。私がそんな反応をしたせいか、承太郎は不満げに目を細めて大きく息を吐く。やれやれだぜ、なんて承太郎の口癖が今にも飛び出しそうだ。

「なっ、なに…?ていうか外では話しかけないでって言ったでしょう、承太郎!」

承太郎と私は幼馴染みである。中学までは登下校を共にしたり、テスト前は一緒に図書館で勉強したりと仲良くしていたが、承太郎が不良と呼ばれるようになってからは距離を置いていた。自分で言うのも何だが、私は学校では優等生で通っていて、学級委員長も務めている。不良と仲が良いと思われてしまっては周囲に示しがつかないため、私は承太郎に「外では話しかけないでほしい」とお願いしていた。まあ結局のところ、DIOを倒すために承太郎と同じ期間・同じタイミングで長期間休んでしまったので、あらぬ噂が立ってしまっているのだけれど。
だからこそ以前よりも念入りにお願いしていると言うのにこの男、普通に教室までやって来ては教科書を貸せだの弁当を届けに来ただの、わざとじゃないかと疑いたくなるほど執拗に接触してくる。

「お前がぼんやりしながら歩いていたから、心配して声をかけてやったんじゃあねえか」
「余計なお世話です!ちょっと考え事をしていただけで…」
「考え事?」

首を傾けた承太郎と視線がぶつかる。私は昔から承太郎のまっすぐな視線に弱くて、どんな隠し事も、承太郎の緑色の目で見つめられれば何でもポロポロ話してしまう。
案の定、私の口から単語が一つ転がり落ちた。

「みん、な」
「……」
「あっいや、み…みかん。そう、みかん食べたいなって」

微かに目を見開いた承太郎にハッとして、慌てて視線を逸らす。自分でも苦しい言い訳だと思った。やっぱり承太郎の目に見つめられるのは良くない。私はあらぬ方向に視線を向けたまま、普段通りを意識してしゃべり続ける。

「とにかく!もう何度も言ってると思うけど、外では話しかけないでよね。承太郎と一緒にいると私まで不良だと思わ、れ」

不意に言葉が途切れたのは、承太郎が私に一枚の写真を突き出したからだった。写真を見つめたまま黙り込んだ私に、承太郎は今度こそ「やれやれだぜ」と呟いた。

「SPW財団から送られてきた。預かったままになっていて申し訳ない、だとよ」

承太郎が受け取れと催促するように、再び私に写真を突き出す。だけど私はどうしても手が震えてしまって、写真の中で笑っているみんなを見つめることしかできない。

イギーと合流したその日、みんなで集合写真を撮った。その直後に両目を負傷してしまった花京院くんはDIOの館に乗り込むまで戻って来られなかったから、それが最初で最後の集合写真だった。
花京院くんの治療をSPW財団に任せる時に、私は自分がもらった写真も財団の人に預けることにした。その時は単に汚したり失くしたりするのが怖かったからで、深い意味はなかったのだけれど。

「お前に限って忘れていた……わけじゃあねえよなあ」
「……っ」
「お前、わざと返してほしいって言わなかったんじゃあねえのか」
「……、い」
「何だって?」
「うるさい!うるさいって言ってるの承太郎!うるさい!!」

承太郎をキッと睨み上げる。身体の奥から熱い何かが込み上げてきて、それは口と目から溢れ出すようにどんどんどんどん零れ落ちた。

「いらないわけじゃないけど、返してほしくもなかった!思い出は色褪せたりなんてしないのに、写真みたいに色褪せて……目に見えて時が経ったことが分かるものなんて手元に置きたくないと思ったの!」

写真を預けたときは深い意味なんてなかった。旅が終わった直後も、みんなが死んでしまったという虚無感と、承太郎のお母さんを救うことができた達成感とが入り混じって、写真のことはすっかり忘れていた。
だけど今まで通りの日常を過ごすようになって、写真のことを思い出した時。私は急に怖くなってしまったのだ。仏間に飾ってあるご先祖様たちの写真のように、みんなと撮ったあの写真も色褪せてしまうのではないかと。

「いつかしわくちゃのおばあちゃんになって、色褪せた写真を見た時…、みんなの時は止まっているのに自分は歳を重ねているんだって思い知らされるのは辛い……!」

きっと呆れているのであろう承太郎の顔も、差し出されたみんなとの集合写真も、涙でぼやけて見ることが出来ない。私の嗚咽だけが零れる中で、承太郎がポツリと呟いた。

「…思い出だっていつかは色褪せるもんだぜ」
「っんな、こと」
「人が人を忘れる時、声、顔、思い出の順番で思い出せなくなっていく。昔どこかで聞いた話だ。……お前、ばばあになっても全部きちんと覚えていられる自信はあるのかよ」

承太郎の言葉に何も言い返せなかった。ぐっと言葉を詰まらせていると、承太郎の手が握りしめていた私の手をゆっくりと解いて、写真を握らせる。

「だから持っていた方がいいんじゃあねえのか。これさえあれば色褪せたって、いつでもあいつらの顔が思い出せるってもんだぜ」

DIOを倒すためにエジプトを目指したあの旅は、とても辛いものだった。口にこそ出さなかったものの何度も日本に帰りたいと思ったし、自分や仲間の命が失われそうになる恐怖を数えきれないほど味わった。
だけど楽しいことだって沢山あった。旅の中で何度もみんなと笑い合った。みんながいたからホームシックになっても頑張れたし、DIOを倒すことが出来たのだ。
制服の袖で目元を強引に拭って、手元に返ってきた写真を見下ろす。写真の中のみんなを見つめて、私はそれを優しく胸に抱き込んだ。


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