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私には小さい頃からずっと、誰にも言えない秘密があった。立派な聖職者であった父はもちろん、父の死後に実は人格破綻者だったと判明した兄にさえも、未だに懺悔することが出来ていない。

「熱心に神に祈りなんか捧げて真面目だねえ。お前さんみたいなのを敬虔な信者って言うんだろうな」

恐らくそれは賛辞の言葉として掛けられた言葉だった。けれど私はその言葉を、敢えて皮肉として受け取った。誰にも言えないとは言え誰かに聞いてほしいと常々思っていたし、どうせサーヴァントなんて聖杯戦争が終われば消滅する存在なのだから、言ってしまっても構わないだろうと。そう思った私は組んでいた手を解いて振り返り、つい先程兄と契約したばかりのランサーに微笑みかける。

「敬虔?まさか。私、神様なんて信じてないから」



神様なんていないから




私は生まれてこの方一度だって神の存在を信じたことはない、無神論者である。目に見えないものは信じない。目に見えないから神様はいない。
それが聖職者の娘としては異端であると幼いながらに理解していた私は、現在に至るまでこの秘密を誰にも明かさなかった。

父の目を誤魔化すために聖書を隅々まで読み込んだ。何も知らない父は案の定、暗記した文字列を諳んじて見せればすっかり騙されてくれた。
ミサには積極的に参加した。敬虔な信者たちに混じって祈りを捧げるフリをするのは、イタズラをしているようでとても楽しかった。

そしてそんな不真面目な子どもだったにもかかわらず、私にこれといった不運や不幸は訪れなかったので、私は齢10歳にして「やっぱり神様なんていない」と結論付けたのである。

「驚いた?だけど兄さんには言わないでね。外道な人だけど聖職者としては完璧だから、こんなこと知られたら怒られちゃう」

私の秘密はやはり衝撃的なものだったのだろう。呆気にとられたような表情を浮かべるランサーを見て、やはり今まで秘密にしてきたのは正解だったなとひとりごちた。

「ああもちろん、ギルガメッシュにも内緒にしてくれる?あの人に知られたら最後、絶対面白がって兄さんに告げ口するんだから」
「……そんなに言峰に隠しておきたいなら、俺に言わない方が良かったんじゃないのかい?マスターじゃないお前さんの言葉には強制力はないし、命令を聞く義理もないんだぜ」

そう言いつつ、ランサーはこちらを探るような、鋭い視線で私を見つめる。そんな目をされても、私は兄さんみたいな外道じゃないんだから、他意なんてないのに。

「別に、ただ誰かに言ってみたかっただけなの。どうせ貴方は聖杯戦争が終われば消えてしまうから、貴方になら言ってみてもいいかなって魔が差しただけ。勿論貴方の言う通り私の言葉に強制力はないし、兄さんに告げ口されても文句は言えないって分かってる」

ランサーは考えあぐねるように無言で私を見つめていたが、すぐに「一つ、質問なんだが」と口を開いた。

「お前さん、どうして神を信じてないんだ?」
「どうしてって…まあ理由は色々あるけど、一番は多分、この目で見たことがないから、かな。ギルガメッシュと初めて会った時はちょっとだけ期待したけど…あの人の気質は神様じゃなくて王様だから」

ふうん、と呟いたランサーの相槌は、何とも気のないものだった。恐らく私の答えがありきたりで、つまらないものだったからだろう。

「じゃあお前さんも今日この瞬間から、神の存在を信じざるを得なくなったわけだ」
「……どうして?」

首を傾げる私に、ランサーはニヤリと笑う。

「何てったって、俺は光の御子って呼ばれてるんだからな」

私は思わず「えっ!?」と声を上げた。いくら私が無神論者とは言え、これでも聖堂教会の端くれだ。サーヴァントになり得る英雄については良く知っている。

「光の御子ってまさか…ケルトの英雄のクー・フーリン…?」
「まあ神の血は半分しか流れてないから半神半人ってやつだけどな。お前さんにはそれで十分だろう?なあ、なまえ」

敬虔な信者たちを見ながらいつも思っていた。この人たちはどうして見たこともないものを実在すると信じ、こんなにも熱心に祈りを捧げるのだろうと。
暗記するほどに聖書を読み込んでも、どんなに手を組み目を閉じても、私にはちっとも分からなかった。目に見えるものしか信じられなかったから。

「……かみさま、いた」

私の口から零れた言葉に、"神様"は満足げに笑った。





兄はランサーに「お前は全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ」と、令呪を用いて命令した。どうやら敵情視察も兼ねているようで、ランサーはほとんど教会に居ない。だから私は毎日"神様"にお祈りした。

神様、早く帰ってきてください。
貴方は強いから大丈夫だと思うけれど、だけどどうか、怪我をしませんように。

目を閉じて手を組むという行為は、今までの私にはただの作業でしかなかった。けれどランサーが自身を光の御子と称してから、私が初めてこの目で神という存在を認識してから、ただの作業が意味を持つものになった。"神様"のためなら何時間祈り続けても全然苦ではないし、祈りが通じて元気そうな彼がふらりと帰って来てくれるのはとても嬉しい。

「今までは祈っているフリをしている間、ずっと素数を数えていたの」
「はあ?何で素数なんか数えるんだよ」
「昔読んだ短編集で素数を数えるシーンがあったから真似しただけ。でも数が大きくなるにつれて考え込む時間が増えるから、周りから見れば熱心な修道女に見えたみたい」

ランサーは面倒見が良くて、聞き上手だった。懺悔を兼ねた雑談にもきちんと反応を返してくれる。下手したら実の兄よりも兄らしい男ではないかと、私は密かに思っていた。

"神様"のために祈る時間、彼のことを考える時間、一緒に過ごす束の間の一時。その全てが、私が修道女になってから一番楽しい時間だった。

だから私は忘れていたのだ。
今は聖杯戦争中であると。



夕飯の買い出しで出かけている間に、教会がキャスター陣営に乗っ取られたらしい。兄の命令で私を迎えに来たランサーは、そのまま私を市内のホテルに送り届けると、「また様子を見に来る」と言い残して慌ただしく居なくなってしまった。兄のことだからすぐに教会を取り返すだろうと思ったけれど、聖堂でなくとも祈りは捧げられるのだからどこでも構わないと、私は迎えが来るまで大人しくしていることにした。

「まだ帰っちゃダメなの?」
「…まあ、そうだな。聖杯戦争が終わるまではここで大人しくしておいた方がいい。またいつあそこで戦闘が起きるか分かんねえし」

ランサーの表情や言葉の選び方から、恐らく聖杯戦争は今が一番の山場なのだと思った。きっと今教会に帰ったところで足手纏いになるだけだ。兄はもちろん、ランサーに迷惑は掛けたくない。

「……ねえクー・フーリン。次はいつ来てくれる?」

私は胸元の十字架を握りしめて"神様"にそう尋ねた。真名を呼ぶのはこれが二度目だったので、彼は少し驚いたようだった。

「そうだなあ」

"神様"は見開いた目を優しく細めると、ポンポンと私の頭を撫でた。

「明日には戻る」





明日になっても、ランサーは戻って来なかった。
二日経っても、三日経っても、一週間経っても。

「……ああ、やっぱり」

戦闘の痕が色濃く残る教会で、胸元から乱雑に外した十字架を投げ捨てながら、吐き捨てるように呟く。

やっぱりこの世に神様なんていないのだ、と。


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