田崎くんの一人語り。


新しいクラスで知り合った相澤というやつは、いままでおれが知っている人間のなかにはいないタイプのやつだった。
おれは物事に執着しないうえに、人間関係も必要最低限(もしくはそれ以下)しか築こうとしない。「どうでもいい」と「めんどくさい」が口癖のやる気のない男子高生だ。
この性格が原因なのか何なのか、周りに人が近寄ってこない。黙っているわりに少々やんちゃな風貌をしているので、気軽に話しかけてくるやつも少ない。まあ、それも別にどうでもいい。
おれの高校生活もこんなものか……と半ば投げやりになりつつあった頃。相澤と知り合った。クラス替え当初、おれの前に座っていた相澤は、授業中によく落ち着きなく何かを探していた。その様子を後ろから見ていたら、最初はうっとうしく感じていたはずが、毎日見ているうちに面白いやつだなと思うようになっていた。消しゴムやシャーペンはよく落とすし、珍しくおとなしくしているかと思えば居眠りしている。まるで小学生みたいなやつだった。一度、悪そうにおれの方を振り返って「消しゴムかしてくれる?」と言ってきたので貸してやったら、嬉しそうに笑っていた。癒し系ってこういうやつのことを言うのかもしれない。

それ以来、教室では何となく相澤と一緒にいるようになった。
とにかく相澤はよく食ううえに、よくしゃべる。ついでに忘れ物が多い。
体育の時間は毎回といっていいほど、こけている。ようするにドジなやつ。
隣で見ていて飽きないやつだった。
その彼の話しによく登場する人物がいる。2組の北谷という男だ。相澤はこの男のことを「唯人」と呼んでいる。ことあるごとにその名前が出てきて、おれはそいつと話したこともないのにやたらと詳しくなってしまっていた。何でも、小学校に上がる以前からの友人らしい。いわゆる幼なじみ。おれは、転校が多かったせいもありそんなふうに呼べる存在はひとりも見当たらなかった。
相澤が北谷のことを話すときは、そりゃあもう楽しそうだった。「昨日一緒に映画観に行った」だの、「超美味いバイキングに連れてってもらった」だの。男同士で遊んだ話しを聞かされているだけのはずが、なぜだか最近惚気に聞こえてきているのは気のせいではなさそうだ。一体どういう関係なんだ、とひそかに疑ったりもしている。だが当の相澤は、「唯人はおれの親友なんだ」と何の迷いもなく断言していた。



「あの三村さんがさあ、おれのクラスのやつとできちゃったんだってー」
おれ結構好きだったのにーと悔しがるこいつは、相澤とは別の数少ない友人のひとり。用事があって、隣の友人のクラスにきてみたらいきなり嘆かれた。三村という女は知っている。名前と外見だけは見たことがある。学年のアイドルとか言われているやつだ。
「へえ、あの美人がねえ。どんなやつなの?」
だれとだれが付き合っている、とかそういう話題はたいして興味がなかった。だが、あの美人を落とすやつがどんなやつなのかほんの少し気になって聞いてみた。
「あいつ。あそこに座ってるやつ。北谷っていうの」
友人が前を指差した。その先に他のクラスメイトと楽しげに会話している男がいる。
北谷……
なんかどこかで聞いた名前だ。

「あ。あいつか」
「え、おまえ知ってるの?」
「いや…」
毎日のように聞かされている名前だ。
本人をちゃんと目にするのは今日が初めてだった。人当たりが良さそうな、まあまあのイケメンだ。あいつが例の「唯人」か。相澤が懐きまくっている男。
確かに、あいつと三村なら見た目はお似合いのカップルだなとどうでもいいことを思いながら、落ち込む友人を適当に励まして教室に戻った。
そういえば、相澤はこのことを知っているのだろうか。

「え、なんて、もっかい言って」

その日の昼休み。相澤が珍しく教室で昼食を広げていたので、おれもその隣に座った。「今日は親友くんのとこ行かねえの?」と聞いてみたら「行ったけど教室にいなかったんだ」と少し沈んだ声が返ってきた。今朝聞いたビックニュースをさっそく相澤に伝えたら、まるで面食らったような顔で固まっていた。どうやら、知らされていなかったらしい。
北谷に彼女ができたという噂を知ってから、相澤はわかりやすく落ち込んでいた。あれだけ毎日元気いっぱいだった相澤が、10秒に一回ぐらいのペースでため息をついている。おれが北谷と彼女のことを話した次の日、相澤と北谷が何やら不穏な雰囲気で話していた。ケンカしたんだ、という話題は何度か相澤から聞かされたことがある。いつも一日経てば仲直りしたと嬉しそうに話していた。今回も、またどうせすぐに収まるんだろうなと軽く考えていた……ら、違った。たまたま一緒になった帰り道で、相澤は急に泣き出した。こんな相澤を見るのは初めてで、柄にもなくうろたえてしまった。
相澤は日に日に弱っていく。授業中はぼーっと外を見ているし、あれだけ食い意地を張っていたのが嘘みたいに、何も食べていない。いつも休み時間のたびに「唯人のとこいってくる!」と教室を飛び出していたのに、いまはじっと座り込んだまま動かない。
そんなことが一週間ほど続いた。あまりにも元気のない相澤が気の毒になって、何度か遊びに誘ったりもした。返ってくる答えは毎回「うーん……」だった。おれといても元気出ないってことか。ちょっと妬けたのは秘密。
相澤をこんなに落ち込ませている元凶は、まったく姿を現さない。それどころか、まるで見せつけるみたいにおれたちの教室の前で彼女といちゃついている。あれが、親友に対する態度か!
ちょっと言ってきてやろうかと相澤に言ったら「やめろよ、おれが悪いんだ」と悲しそうに呟いて、また泣いた。最近泣いてばかりいるからか、ずっと目が腫れている。そんなに泣くほどのことなのか。親友に彼女ができるってのは。きっと、相澤にとって、あの親友は親友以上の存在になりつつあるということなのだろう。つまり、好きで仕方ないってことだ。だけどそういうことにいかにも疎そうな相澤はたぶんまだ自分の気持ちに気付いていない。

(おれなら、こんなに泣かしたりしないけどな)

なんか違う感情が芽生えてきそうで怖い。おれは決してゲイでも何でもない。ないのに。
ああ、おそるべし相澤陽向。とりあえず、これからこの二人がどうなるのか、じっくり見届けようと思う。

 

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