どっちにしても最悪みたい


私は小さい頃から神田と御代を知っているけど、二人の関係はよく分からない。


ずっと同じ元帥の元で修行をしていたらしいから、他の人達より距離が近いのは当たり前のように思うのに何故か二人とも頑なにファーストネームを呼び合わない。名前を呼ぶのが苦手なのかといえば私のことはリナリーと呼んでくる。二人がお互いをファーストネームで呼ばないんじゃ他に誰が呼べるのと私は常々疑問に思っていた。

二人は慣れ合いが嫌いで一人でいることが多いけど、それでも二人で居る時の雰囲気はどこか穏やかで本当は恋人同士なんじゃないかなって小さい頃は確信していた。今思えばそれは思春期特有のませた考え方だったのだけど、御代に否定された時はなんとなく納得いかなかった。


「御代は本当に神田のことが好きじゃないの?」
「神田のことは好きよ。もちろんリナリーのこともね」
「もう、そうじゃないってば!」


悪気なくしつこく問い詰めたのも今となっては恥ずかしい、そして謝りたい。

でも私は知ってるの、もう何年も一緒だから。二人は二人きりの空間でしか気を許せないみたいで他の人が居る時は口喧嘩したりツンとしているけど、一緒に楽しそうに組手したり、森の中で肩を寄せあってお昼寝したり、そうやって穏やかに過ごしてること知ってるんだよ。でも誰かが来ると、それが例え私であってもどちらかが気が付けば元の雰囲気に戻るから、私もこっそり二人を見守ろうって思ってた。


だから方舟から帰ってきたときの御代と神田の様子には本当にビックリしたの。私でさえこんなに驚いたんだから、二人きりの時の顔を知らないラビやアレンくんの驚きようといったらなかったわ。





「ユウッッッ!!!!」



方舟のゲートを出て待っていたのは江戸に残していった皆。ミランダも、ティエドール元帥も、あのブックマンでさえ涙を流している。皆と再会できたことが嬉しくて嬉しくてまた泣いた。

そんな時に聞こえてきたのは、普段凛として落ち着きをはらっている御代からは想像もできない取り乱した声。私達の横を凄い速さで駆け抜けていって、方舟から一番最後に出てきた神田に飛びついた。勢いあまって倒れこむ二人に、私も他の皆も口をあんぐり。だって御代が人前で神田の名前を呼ぶのなんて初めて聞いたんだもの。二人がお互いを大切にしていると知っていたのは私とティエドール部隊の人くらいで、泣きながら神田にすがりつく御代に他の皆は頭がついていかないようだった。



「っこの、馬鹿ユウ!どれだけ心配したと思ってんのよ…!」
「ああ!?誰が馬鹿だふざけんな、つか御代テメェ名前を」
「うるさい!!方舟が消えた時、私が、どんな思いで…!ああっ、アンタどんな戦い方したのよどんだけ酷使したのよ、こんな肩まで模様が広がってるじゃない…っ」
「テメエもうるせえよいつまでも姉貴面してんな!」


泣きながら神田を詰る御代に神田は顔をしかめて鬱陶しそうにしていて、でも決して御代を振り払おうとはしなかった。アレンくんたちは衝撃から回復していないみたいでまだ茫然とその様子を見ているけど、ティエドール元帥とマリの穏やかな顔が印象的だった。


「も、ほんと、ばか…!ユウがいなくなったら、私、後を追うかもしれないわよ…っ」
「どうやってだよ、…ッチ、泣くな!」
「泣いてない!」
「泣いてんじゃねえかめんどくせえな」


口調は乱暴で面倒くさそうにしながらも、神田は御代を強く抱きしめた。ユウ、よかった、生きてた、よかった、と小さく呟く声。こんなに弱弱しい御代は初めてだったし、実は泣き顔を見るのも初めてだった。任務でどんなに酷い怪我を負っても、彼女は決して涙を零さない強い人だったから。だから神田が言った言葉は、今度は私にも衝撃的だったの。



「ほんとテメェは昔から、その泣き虫なところ変わんねぇのな。

…馬鹿ハイリ」






*****






「レベル3五体にレベル4一体とか…キツすぎるわね…」


どうにか奴等を撒いて、体勢を整えるために物陰に隠れて一息つく。自分のイノセンスの能力でステルス効果をつけ、切り裂かれた右腕がジュゥゥゥと再生される痛みを口を結んで堪えた。利き腕がこんな状態では弓なんてろくに引けないので待つしかない。近ごろ再生時間が少し長くなってきたことに舌打ちをしたかった。


「大体、遠距離特化の私をAKUMAの大群に放り込むなんてわざわざ戦力減らしにいくようなものじゃない…」


近接攻撃主体の人達の後ろから援護射撃するのが私の主な仕事なのに。正面から敵と対峙するのは出来る限り避けたい。何故なら、


「エクソシストみーつけた!!」
「!チッ」


そうこうしてる内に一体のレベル3に発見されてしまった。繰り出される攻撃をどうにか避けて弓を構える。正直腕はまだ治っていないがそれどころではない。レベル4との戦闘が本格化する前にどうにか周りのレベル3を片づけてしまわないと私に勝ち目などなかった。


「一体撃破、残りは…」


弓を見れば濃い青の光を纏っていた。これならいける。私のイノセンス【紫宴】は色によって威力が変わる。淡い青から始まり、段々濃くなると赤色へと染まっていく。そしてその赤が紫がかり完全に紫一色になると私の紫宴は本領を発揮しだす。だがそこからは禁忌の領域。私の命を削り出してようやく、紫宴は本来の色へと変貌を遂げる。その前になんとしてもレベル3を破壊しなければ。命の残量は様子を窺ってまだ出てこないレベル4に残しておくべきだ。




「…はは、どうしてこんなことになってるのかしらね」



AKUMAと対峙しながら思わず嘲笑が零れた。ここにいるはずの三人のエクソシストは一体どこに行ってしまったのか。エレナを逃がすために囮になれ?ふざけんじゃないわよ。まだレベル4は早すぎるって?そうよね、だってこれが初陣だものね。だけど、ファインダーを突き飛ばして真っ先に逃げ出そうとするあの女をエクソシストとして生かす価値なんて本当にあるの?

場所が悪く断崖で戦っていれば不意に押された背中。気が付いた時には私は真っ逆さまに落ちていて、これは好機だとAKUMA全部の標的が私に移った。驚きで目を見開く私の目に映ったのは、一瞬申し訳なさそうな顔をしながらも次の瞬間にはあの女の心配しか顔に出ていない白髪と燃えるような赤髪。そしてこちらを勝ち誇った笑みで見ているエレナ。

出発前、「本当にごめんね」と謝ってきたコムイの顔が頭に浮かんだ。きっとあの三人だけでは任務は達成できないと思うから、着いて行ってくれないかと辛そうに頼んでくる痩せたコムイを突き放すことは出来ず、しぶしぶ任務に同行した。その結果がこれだ。



「ふ〜ん、れべるすりーをかんたんにはかいしますか。うえのえくそしすととはちがうようですね」
「アイツラと一緒にしないでくれない?」


ようやく出てきたレベル4に緊張が高まる。本部襲撃の光景が蘇った。果たして私一人でどこまで太刀打ちできるか。せめてここにアレンかラビがいたら…と考えて頭を振った。期待するな、アイツラは私を突き飛ばして置いていったんだ。今助けに来られたからと言って、安心して背中を預けることはもうできそうになかった。


「御代!あのパッツンどうにかしてくださいッッ」
「御代〜顔怖いさ!もっと笑えって!」




「はは、まるで走馬燈ね」


でも、どうせ流れるならあの日の幸せな記憶が良かったな



迫ってくるレベル4に向けて覚悟を決めた。私はエクソシスト、AKUMAを破壊するのが仕事だ。弓が徐々に紫に、そして黒へと姿を変えた。



私の命を吸い、昇華しろ



「禁忌、【黒宴】」





あーあ、帰ったら一発殴らせなさいよ、コムイ



帰れたらの話だけどね