▼ ふたり、つまらない出来事
「ねえ 起きてる?」
「起きてる!これは多分起きてるよアルマ!」
「ほっ、ほんと!?じゃあキミ、起きてたら手挙げてみて」
じいいいいいっと二人並んで穴の中をドキドキしながら見つめる。するとしばらくしてから、中にいた男の子はゆっくりと右手を挙げた。嬉しくて嬉しくて、思わず勢いよくアルマを振り返れば、彼も同じように満面の笑みで泣き笑いしていた。
「やった、やった!嬉しいなぁ僕たち二人だけだと思ってたから…!」
「あのね、あなたは"YU"っていうんだって!」
二人ではしゃぎながら中の子、ユウに話しかける。綺麗な黒髪を揺らしながら、ユウは私達を指さした。
「え?僕たち?な、なんか照れるな〜」
「ふふ、ほんとだね。私はね、ハイリっていうの!」
「僕はアルマってゆーんだって!よろしくねユウ!」
「あっそうだ!アルマあれ歌わなきゃ!」
「そうだね、忘れてた」
私が穴から目覚めた一年後に研究所の皆に歌ってもらった曲。「たんじょうび」という、人が生まれた日に歌う曲らしい。だからこのユウの目が覚めた日に、私とアルマは仲良く歌った。
「「ハッピバースデートゥーユー!ハッピバースデートゥーユー!」」
エドガー博士や他の研究員が私達の歌に気が付いて、慌てて駆け寄ってくるのが見えた。
「支部長に三人目だって伝えてきて!あと丹薬用意大至急!」
「ハイ!」
「「ハッピバースデー ディア…」」
ユウ!!
*****
食堂での一件から数日後、なにやら不愉快な噂が流れ始めていた。
「御代、ちょっといいかしら…」
食堂で昼ご飯を食べていたら近寄ってきたのはリナリーにアレン、ラビ。不穏な空気が漂う彼らに、きっとここ数日で流れている噂の真相を確かめにきたのだろうなと思った。ご飯もちょうど食べ終わり次の任務も入ってない。わざわざ付き合う義理もないけど逃げられるような感じでもなく、私はしぶしぶ彼らの後についていった。ついた先は鍛錬場で、いつもなら誰かしらいるのに今は人気がなかった。
「単刀直入に聞くけど…あの噂は本当なの?」
「あの噂って?」
「…分かってるはずですよ。あなたがエレナに嫌がらせをしているという噂です」
低レベルすぎる噂に思わず舌打ちが零れそうになる。私は神田ほどではないが気が短い部類だ。
「身に覚えがないわね」
「でも実際エレナは嫌がらせを受けて困ってるんさ!」
「それを私がやったという証拠は?私は彼女が何をされているのかも知らないのに」
するとラビがつらつらと嫌がらせを挙げてきた。私物の盗難から始まり、任務の書類を破られたり、すれ違う際は肩をぶつけられたり。この間は階段から落とされかけたという。その時の犯人のシルエットが私にそっくりだと、どうやらエレナ本人が証言しているらしい。
「それで、どうなんですか?」
「仮に聞くけど、もし私が本当にそういうくだらないことをしていたらどうだっていうの?」
「くだらないって、エレナは泣いてるのに!」
「そんな嫌がらせの類でメンタルやられてるようじゃエクソシストなんて務まらないわよ」
「どうしてそんな酷いことが言えるんですか、仲間に対して!」
段々ヒートアップしていくアレンとリナリーに、ラビが落ち着けと声をかける。流石に彼は次期ブックマンなだけあって、この二人よりは冷静らしい。アレンとリナリーは仲間意識が強すぎて、たまに酷くイラつくこともある。
「じゃああなた達が欲しい解答を挙げるわね。私はやってないわ」
「エレナはあなたがやったって言ってるのよ!?」
「そう聞くってことは、端から私を信用してないって受け取っていいのよね、リナリー?」
「そ、それは…!」
「この前の食堂での一件から考えれば、御代を疑うのは当然さ」
ラビの言葉に、その通りだとアレンが頷く。彼らは私とあの女の言い争いの部分しか記憶にないのだろうか。
「別に私は彼女単体に怒っていた訳ではないわ。むしろあなた達に怒りを感じ、…そして失望したわ」
そう言って睨み付ければ三人の肩が少し跳ねた。
「本当に今の教団に疑問は感じないの?アレン、あなたは14番目と戦いながらエクソシストを続けると私達に誓ったでしょう。リナリー、あなたコムイが今どんな状態だか知っているの?ラビ、あなたの目は真実を記録するんじゃないの?」
ここまで言っても「だってエレナが」と口にする彼らに失望しないことは、私には難しかった。もういい。諦めにも似た感情が胸を支配した。
「わかった、もういいわ」
「!あなたがやったって認めるんですか!?」
「違うわ、もうどうでもいいという意味で言ったのよ」
「御代…?」
三人を冷やかに睨み付けながら言葉を紡ぐ。
「私があの女に嫌がらせしてるかどうかなんてどうでもいい。私はやってないし、納得できないなら私がやったと思っててもいい。だからこれ以上私に近づかないで。あなた達はずっとお姫様の側についていてやればいい。そうすれば守れるものね?生憎私は教団が嫌いなの、それでこの本部が腐って聖戦に負けて人類が滅びたとしても、それならそれで私は一向に構わないわ」
「御代!?自分が何言ってるか分かってるんさ!?」
「ええ、もちろんよ。だって私にとってこの世界はどうでもいいものなの。私は仕事でAKUMAと戦っているだけだし、エクソシストになったのも約束を守る為だから」
「約束…?」
怪訝な顔をしているが、その内容までこいつらに教える義理はない。しかしその約束も、この状態では果たせるかどうか怪しくなってきた。黒髪のアイツの顔が脳裏を過る。アイツがしっかりしないと、私は約束を守れないのに。
「とにかく、私はただ与えられた仕事をこなすだけ。だからもう巻き込まないでちょうだい。あの子にも言っておいて。何が気に入らないのかしらないけれど、もう私は近づかないから仕事の邪魔だけはしないで、ってね」
言いたいことはいった。リナリーが何かを叫んでいるが聞く気にもなれないので私は足早にそこから去った。コムイには悪いけど、もうアイツらはどうしようもない所まで来てしまっているように感じる。
「あーあ、負け戦ね…」
数の減ったエクソシスト。世界の滅亡が確実に早まったであろうその事実に溜め息をつく。だけど私はAKUMAを壊してエクソシストであり続けなければならない。もう私をその瞳に写してはくれない、あの男と生きるために。
それが、私がアルマと最後に交わした約束だから。
「僕、二人のことが大好きだよ…こんなことになっても、憎みきれない…っ!
だからね、ハイリ…、僕が言えたことじゃないけどさ…
ユウのこと、よろしくね…っ」
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