君一路

逢うたあの日の心になって


「芦矢くん芦矢くん、天音ちゃんいるかい?」
「京楽隊長…?」


十三隊の隊舎とは少し離れた場所にある鬼道衆の隊舎には、ここに所属している者以外の人間が訪れることは滅多にない。しかしこの日は例外だった。隊首室にひょっこりと顔を出したのは八番隊の隊長を務める京楽春水、その人だった。


「今日は例年通り鬼長は休みっすよ」


鬼長というのは大鬼道長の省略で、総帥だと偉そうで肩が凝るし大鬼道長は長すぎると思った天音が周りにそう呼べと言った名称だ。


「それは知ってるけど、家を覗いてみてもいなかったからさァ」
「ならきっとあの丘にいるはずっす。…ていうかこんな昼間っからフラフラして、伊勢に怒られますよ」


じとーっと見てくる芦矢に京楽は苦笑いする。


「いいんだよ、七緒ちゃんもこの日ばっかりは目を瞑ってくれるのさ。…僕達にとっちゃ、忘れようとしても忘れられない日だからね」

「…………俺、あの人達嫌いっす」


そう呟く芦矢に京楽は目を丸くした。当時の彼は大鬼道長にも副鬼道長にも懐いていた記憶があったからだ。


「この百年間鬼長を支えてきたのは俺っすよ。なのにあの人達は今でも鬼長の心の中を占めてるんです。

…鬼長が泣かなくて済むなら彼らに帰ってきて欲しいけど、なんとなく納得いかないというか…

悔しいんすよね、多分」


自嘲気味に話す芦矢の顔は暗い。彼女達が初めて顔を合わせたのは下位席官の頃で、その時は仲が悪かったと聞く。しかし今の彼らは端から見ても強い信頼関係で結ばれているのは明らかだ。それは一方通行なんてことは決してないのだが、しかしこの日だけはプツリと回線が切れてしまったように感じる。彼女の脳内が彼ら一色になるからだ。


彼女の大切な人達が尸魂界から姿を消して、今日で百一年になってしまった。



彼らと関わりが強ければ強いほど、胸が締め付けられるように苦しくなる。京楽もその一人だった。彼女が自分の前から居なくなることなんてあり得ない、そう思っていた。彼女の力を信頼しているからこそ送り出したというのに、後悔してしまっている自分がいる。そんなもの、今となってはどうにもならないことなのに。


「彼女は今でも諦めてないんだろうね、彼らが帰ってくることを…生きていることを」

「貴方だってそうでしょう?…矢銅丸副隊長が死んだなんて、微塵も思っていないくせに」


久しぶりに誰かの口から聞いたその名前に、参ったなぁと京楽は傘を目深に被り直した。百年経っても鮮明に思い出せる記憶は色褪せることはない。


「そうだね、君の言う通りだよ…その内ね、なに女のケツ追いかけ回してんねんって、蹴りが飛んでくるって思ってるよ」

「その口振りは経験あるんすね」


流石っすと笑う芦矢に京楽は肩を竦めた。



「それはそうと、鬼長に伝言なら預かりますよ」

「いんや、今夜一杯どうかと誘いに来ただけなんだよ。傷の嘗め合いと言ったら情けないけど、当時の話を出来る人は本当に少なくなってしまったからねぇ」

「ああ…去年はちょうど百年で、誘える雰囲気じゃなかったですもんね」



去年のこの日、丘に座り込む表情が全て抜け落ちた彼女を見て、そっと踵を返した。あの状態を見るのは久方振りで酷く動揺したものだ。

また、あの生気のない人形になってしまうのではないかと、壊れてしまうんじゃないかと



翌日、おっはよーなんていつも通り緩く出勤してきた彼女に、芦矢は思わず誰もいない隊首室で天音を抱き締めた。それは下心でも何でもなく、ただただ彼女が存在している安心感を求めての行動だった。

彼女は驚きつつも、全て分かっているのか芦矢の背中をゆっくり叩きながら「ありがとね、」と溢した。



「こんなに待つほどいい男でしたっけ?あのオカッパ出っ歯は」
「コラコラ、嫉妬するんじゃないよ芦矢くん」



京楽は一つ笑みを残して、鬼道衆の隊舎を後にした