君一路

今朝の勘定で青くなる


「大鬼特異点、ですか…?」


耳慣れない言葉が藍染隊長から飛び出して、私は思わず聞き返した。

「そうか、雛森くんでも彼女の性質は知らなかったのか」


その言葉が出たのはある話題の最中だった。“どうやら大鬼道長がまた講堂を破壊したらしい”その噂はあっという間に瀞霊挺に広まり、この五番隊でも朝からこの話題で持ちきりだった。

話を盛ってるんじゃないかと何も知らない隊士は言うけど、私は何回生の時だったか、それを実際に体験してしまっている。あの時のことはよく覚えている。

やる気無さそうに登場した彼女に、意識の高い生徒が集まっていた特進クラスの皆は不平不満を漏らしていた。その様子を見た教師は、大鬼道長ともなると中級鬼道でも素晴らしい破壊力なんだ!と彼女に蒼火墜を打つよう言った。「はーい」と気だるげに返事をした彼女に、本当に大丈夫だろうかと思ってしまったのは私だけじゃない筈だ。だけど、


「“君臨者よ”」


私達を引き込むには、その一言で充分だった。

綺麗な構えで凛とした詠唱をする彼女は、先程までとは別人だった。他の隊長達とは違う青と黄色の羽織が集束する霊圧によって羽ばたく。特進では一回生で習うこの鬼道は、勿論私も使える。むしろ斬拳走鬼の中で一番得意なのは鬼道で、このクラスの中でも扱いは上手い方だと自覚もしている。けれど、今目の前で放たれようとしている彼女の蒼火墜は、詠唱の段階から格の違いを思い知らせるほど圧倒的だった。


「破道の三十三、蒼火墜」


私達に背を向け、十数メートル離れた的に向かって真っ直ぐ放たれた蒼火墜。しかし最前列にいた私は聞いてしまったのだ。放った瞬間に彼女が「ヤベッ」と小さくこぼした事を。

その言葉の意味を理解する間もなく、私は目の前で起きている事象をただ呆然と見ているしかなかった。三十三番の蒼火墜、彼女は確かにそう言ったし、詠唱も蒼火墜のものだった。しかし彼女から放たれた焔はとても三十番台とは思えない大きさで、そう、まるで上位版の双蓮蒼火墜のような威力で的に向かっていたのだった。


鬼道が的にあたった瞬間、講堂が大きく揺れ轟音が響き渡った。驚きや叫び声が木霊するなか、またしても凛とした声が静かに、だがやけに鮮明に私達の鼓膜を揺らした。


「縛道の八十一、断空」


八十番台、詠唱破棄…


私達に壊れた瓦礫が当たらないように、高等鬼道である断空を瞬時に張ってくれたらしかった。やがて土煙が消えると、私達は一斉に驚きの声をあげる。


「か、壁が…!」


生徒の鬼道の暴発に耐える為に特に頑丈に作られている筈の大講堂の壁は見るも無惨な姿になっていて、そこからは雲一つ無い空が青々と覗いていた。


端っこで先生がワナワナ震えているのが見えた。彼女はギギギ、と壊れた機械のように振り向く。顔にはありありと「やっちまった」と書かれていた。


「え、えーと、大鬼道長の鬼道の威力をね、うん、分かって貰えたと思います、うん。うちの席官達は下位であっても十三隊の上位席官、副隊長レベルの鬼道の技術を持ってます。鬼道が得意、伸ばしたい子は是非鬼道衆へ。

それじゃ!」


ぎこちなく始めた話も最後の方は諦めがついたのか、生気のない目で喋った後に脱兎のごとく逃げ出した彼女を先生の怒声が追いかける。請求は鬼道衆にー!と叫びながら瞬歩を使った彼女の霊圧を捉えることはもうできなくて、先生は肩を落とした。生徒のざわめきは収まらない。

鏑木天音、大鬼道長……

一回生の時に絶対に五番隊に入ろうと決意した。だけど彼女の凛とした姿から放たれる圧倒的な鬼道を目の当たりにして、きっとあの時のことが無かったら自分は鬼道衆に入っただろうなと思った。


私の代の鬼道衆志望は、前年を大きく上回ったと聞く。