天音
自分を呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。だけど辺りを見回しても真っ暗で何も見えない。
天音
もう一度同じ声に呼ばれた。よく耳を済ませばそれは頭上から聞こえてきた。ほんのりと小さく光るナニカが見えて、私は思いきり手を伸ばす。その手は暖かく包まれて、心地好かった。
その正体が知りたくて、私はゆっくりとゆっくりと…
目を開けた時最初に映ったのは金色だった
「!天音…!」
「……え……しん、じ………?」
目に映った金色は彼の髪の毛。
暖かさの正体は彼の大きな手だった。
「ここ、四番隊…?なんで真子が…?」
段々と記憶が蘇ってきた。そうだ、確か久しぶりの瀞霊廷の霊子濃度に耐えきれなくて気絶したんだ。そしてその前の出来事を思い出せば、何故自分の目の前に彼が居るのか理解できなかった。
どうして彼は、こんなにも苦しそうな顔で私の手を握っているのだろう。どうして彼は、私に謝っているのだろう。
「天音、すまん、天音…」
「やめて、よ」
「!」
なんでそんな風に私の名前を呼ぶの
拒絶したじゃん。今更って、必要ないって言ったじゃん。私は間に合わなかったんでしょ。もう貴方の隣に居れないんでしょう。
だったらそんな声で私のことを呼ばないでよ、
「期待、しちゃうじゃん…っ」
目から溢れた涙が頬を伝う前に、私は全身を暖かい何かに包まれていた。ううん、なにかじゃない。真子にだ。
「ちょっと、」
「聞いた、全部。お前が二十年間、どこに居たんか何をしてたんか、全部や」
「!」
話したのは卯ノ花隊長だろうか。そっか、全部知っちゃったんだね。ねえ、貴方はどう思った?友達だと思ってた奴が実は瀞霊廷に害を及ぼす存在かもしれなかっただなんて。やっぱり、さっきみたいに拒絶したかな。
そんな後ろ向きな考えを否定するかのように、私を抱き締める腕の力が強まった。
「おおきにな」
「え、」
「俺らんとこに戻ってきてくれて」
おおきに
耳元に聞こえる真子の声は震えていた。それが怒りからくるものではないことは、小さく鼻をすする音が教えてくれた。
「真子泣いてるの?」
「うるさいボケ黙っとれ」
「真子泣いてるの?」
「だああああ!なんやねんお前!空気読めや!」
「懐かしいね」
「ああ!?」
「こんなやりとり…たしか院生のとき、も…っ…したなって…おもっ…ぅ……
なん、で!なんで優しくするの…!もう遅いんだったら勘違いさせないでよっ!」
ちがう、こんなことが言いたいんじゃない。おおきにって抱き締めてくれたんだもん、伝わってるよ真子がどう思ってるかなんて。だけど止まらないんだよ。これだけじゃ、「必要ない」って言ったあの冷たい声が心の中から消えないの。二十年間募り募っていた寂しさが爆発して、言葉も涙も自分の意志じゃ止められないんだよ。
無駄な努力だと思いながらも下を向いて涙を必死に堪えていれば、離れた体温と自分に降ってくる影に気がついた。え、と顔をあげれば
ガチン
「「…………つぅっ!!」」
衝撃が走って涙目で真子を見た。真子も涙目で、お互い口を押さえていた。
「お、おまえ……急に顔あげんなや……!」
「今の私が悪いの…!?ちょ、唇も歯も痛いすごい痛いこのオカッパ出っ」
「うおおおおい今この状況でそれは禁句やろ!!」
「下手くそ…」
「なんやと泣かしたろかコルァ」
「「……………ふっ」」
病室には二人分の笑い声が木霊した
痛いしまだ涙は止まらないし何で真子がこんなことしたのか分からない、だけど
二十年ぶりに心から笑えた気がした