君一路

片袖濡れよう筈がない


見知らぬ男に抱きかかえられて綜合救護詰所に入っていく気を失った天音を、俺は茫然と見送ることしかできんかった。卯ノ花隊長さんの言った一言が俺のなかでグルグルと回っている。


あいつが、監禁されていた…?





「なんやねん、それ…」




どういうことやと隊長さんに説明を求めれば、ここで話すことはできないと彼女の隊首室に通された。他隊の隊首室に案内されることなど滅多にないことで、それだけでこの話は俺が思っとるより大きいことなのだと予測ができた。


出されたお茶に口をつけることなんてできず、ただただ隊長さんの説明を待つことしかできん俺を見て漸く隊長さんは口を開いた。せやけどそれは俺が求めとったものではなく、俺と天音の関係性を尋ねるものやった。


「今そんなんどうだってええ!俺が聞きたいんは何で天音が…!」
「どうだってよくないから尋ねているのです。彼女のことは十三隊の隊長にしか伝えられていない機密事項。副隊長である貴方が知らぬのは当然として、そう易々とお伝えできることではないのです」
「は、?」


機密事項?副隊長にすら伝えられんって、どういうことや。答えを知るには、彼女の質問に応じるのが一番の近道らしかった。



「…あいつと俺の関係、は、…同期で友人。今はただそれだけや」
「今は、というと…?」




真子!

目を瞑れば、あいつの俺を呼ぶ声と笑顔が簡単に脳裏に浮かんだ。ずっと、ずっと探していたのだ。リサや白だけではない、俺だってずっとお前のことを、




「…貴方は、彼女が大切だったのですね」



急に居なくなったことに憤り、二十年間探し続け、再会時に感情をぶつけてしまうくらいに。



俺の気持ちをピタリと言い当てた卯ノ花隊長さんに背筋が寒くなった。なんやねんこの人、怖すぎやろ。きっと凄い顔で隊長さんを見てしまっているだろう俺を気にすることなく、彼女は穏やかに微笑んだ。



「ならば、話さぬのは酷でしょう。


…貴方は、蛆虫の巣という場所をご存じですか?」





*****




「…以上が、私を含む隊長が四楓院隊長と浦原三席により知ることとなった、彼女の二十年間です」



二十年前にその地位に居なかったお二方は勿論、鏑木天音さんを責め立てるのはお角違いというもの。一番絶望を感じていたのは、他でもない彼女なのですから。




隊長さんの話は、俺の想像を遥かに超えていた。追いつかない頭を懸命に働かせて理解しようとしても、俺がさっき天音に向かって放った言葉達がそれを邪魔する。


俺はアイツに何言った?なんも知らん癖に、アイツの話を聞くこともせず拒絶して。凍り付いた身体と泣きそうに歪められた顔、自分の意志に反した措置を知らない所で取られてやり場のない怒りを露わにしていたアイツを思い出す。


必要ない、だなんて

俺の言葉は、一体彼女をどれ程傷つけたのか




「魂尸界史上に類のない彼女の特性を、我々は【大鬼特異点(だいきとくいてん)】と名付けました。言葉にするのは難しいですが…


霊圧の大小に関係なく、自身の限界点を超えて通常の何倍もの威力・範囲で鬼道を放つことができる特異体質


それを彼女は持っているのです。詠唱破棄した三十番代が、己の意志とは無関係に完全詠唱の七、八十番代の規模で放たれる。こう例えれば彼女の鬼道の異質さが伝わるでしょう。それを制御できない霊術院を卒業したての彼女を檻理に入れた当時の二番隊隊長の判断は、些か強行だったとはいえ間違いとは言いきれません」



新人死神の誰が破道の一で巨大虚を消し飛ばすことができるだろうか。学生時代、アイツは中々成功しない鬼道を嫌っていた。暴発する鬼道に首を傾げたのは一瞬で、俺らは下手くそだとからかって笑っていた。何故もっと違和感を感じなかった?俺らん中で誰よりも霊圧コントロールが上手かった天音が鬼道を苦手とすることなんて本来ならあり得へんはずやろ。少し考えれば分かることだった、そうしたらアイツに…、

二十年もの長い間空を見ることも光を浴びることもできない、そんな苦痛を天音にさせることもなかったかもしれないのに


なにが“好き”や

アイツを守るどころか、死に物狂いで俺らんとこに戻ってきてくれた天音にあんな顔させて、



「さいあくやんけ、おれ」