君一路

下げりゃ異見が上を越す


「また来たのカ」
「だって皆マユリさんのこと怖がって近寄らないし。阿近、腕平気?」
「別に問題ない」
「嘘つけ涙目のクセに強がるな」
「…ここを避難所にしないでくれるカネ」




私が蛆虫の巣に入れられてから、もう十五年の月日が経った。恐ろしく長いと感じる日もあればあっという間に過ぎる日もある。だけど私の心が満たされたことはなかった。相変わらず雨は止まないし夜は明けない。

この十五年で変わったことは、二つ。



一つは、私がよくマユリさんの元を訪れるようになったこと。男達から暴力を受けるのは日常茶飯事と化して、だけどここを管理してる三席は見てみぬ振りをする。だから私はマユリさんが一人でいるこの地下に逃げ込む。ずっといると三席に無理矢理上に連れていかれるから、怪我した時にだけコッソリと。


マユリさんはここには来て欲しくないようで、自分で自分の身を癒せと回道を教えてくれた。破壊系ではなく治癒系の鬼道であれば、制御仕切れない力も良い方向に働くのではないかと考えたようだ。結論から言えばそれは当たりで、四番隊とまでは行かずとも少しだけ回道を使えるようになった。だけど逆に回道をもっと教えてもらおうと私は前より頻繁にマユリさんの元を訪れるようになり、マユリさんは苦々しく舌打ちしていた。



変わったことの、もう一つ。

数年前、まだ霊術院に入りたてではないかと疑う程私よりも年下の小さい男の子が入ってきた。名前は阿近。体も歳も小さい阿近は私と同じように鬱憤をさらけ出す対象にされてしまった。だからといって私への暴力が無くなる訳でもなく、いつも二人で殴られたり蹴られたり。でもなるべくこんな小さい子供に怪我をさせたくなくて背に庇うようにして遣り過ごしていれば、阿近は少しだけ私に心を開いてくれるようになった。



こんな何もない場所で私が正気を失わずにいられるのは、この二人の存在のおかげだった。もしも本当に独りぼっちだったらと思うとゾッとする。早くここから出たくて堪らないけれど、それでも二人とは出会えて良かったと思っている。本人に言ったらマユリさんは煩わしそうに顔を歪めるだろうし阿近はそっぽを向くだろうけど、きちんと私の感謝が伝わっているなと見分けられるほどには二人と同じ時間を過ごした。


阿近はマユリさんの知識の虜になっているようだった。マユリさんもマユリさんで満更でも無さそうに科学知識を披露している。その内容は私にはちんぷんかんぷんな上にたまに耳を塞ぎたくなるようなことも混ざっているので私は聞かないようにしている。二人が話している横で静かに回道を練習する、というのが日課になりつつあった。






「チッ、いっつもあの化け物ん所に逃げやがって。テメェ等は俺らに黙って殴られてりゃいんだよ!」
「ガッ」
「阿近っ!」


これもほぼ日常と化してしまった暴力から阿近を背中にかばう。十五年間殴られ続け碌に手当もできない時期もあったため、私の身体には消えない傷がいくつかできてしまっていた。



「…おめえよ、成長したな」



ビクリ、と身体が震えるのが分かった。それは阿近にも伝わってしまったようで、不安そうに見上げてくる彼を安心させるために頭を撫でた。ニヤリと下品な笑みを携えてにじり寄ってくる男達。


いつかくると思っていた、だが一番きてほしくなかった事態




ここではろくな栄養が取れず痩せてしまった身体も、長い年月が経てば次第に女としての丸みを帯びてくる。元々霊術院の頃から周りより発育が良かった私は、いつかそういう対象になるだろうと危惧していた。だけど。

いざその現実を目の前に突き出されれば、どうしようもない恐怖が身体を震え上がらせた。



阿近と無理やり引き離され私を地面に押さえつける男達。苦手な白打ではこいつらを倒せない、武器は持ってない、瞬歩ができるほど霊圧が回復していない、鬼道を打ったらもしかしたら阿近も巻き込んでしまうかもしれない。


どうしよう、どうしようと次第に頭がパニックになっていく。嫌だ、嫌だよ。誰か助けて…!



「たす、けて…!しんじ…!」



無意識に名前を呼んだらポロリと涙が零れた。ああ、私は十五年経ってもあの人のことを諦められていないんだと思い知った。男の手が私の胸をまさぐるのを感じ、恐怖からギュッと目を瞑った。


「ガッ!?!?」



不意に、上に圧し掛かる重さが消えた。同時に男の声と私の名前を呼んでくる阿近の声も聞こえて、私はおそるおそる目を開けた。



「女の子にこんな酷いことをして、教育がなってないッスね」



一人の男が周りの男を素手で制圧していく光景を、二人で茫然と見る。全員を気絶させた男はゆっくりと私達に近づくと、しゃがんで目を合わせた。怖くて後ろに下がれば男は悲しそうに、困ったように笑う。あれ、今気が付いた。


この人、死覇装着てる



「三席は管理不行届の問題で地位を剥奪され、下位席官に降格したッス。今日から僕がこの蛆虫の巣の管理をします。


二番隊三席の浦原喜助。よろしくッス、天音サンに阿近サン」


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阿近が原作の過去編で登場した時には小学生くらいの体格でしたが、当サイトでは蛆虫の巣に居た頃が小学生くらい、復隊したときはひよ里よりも身長が高い中学生くらいの見た目、ということにさせて頂きます。