君一路

恋に焦がれて鳴く蝉よりも


心がポカポカする。それは決まって彼が横にいる時。



今日こそはと思っていた鬼道が失敗した時。へラッと笑っていたけれど痩せ我慢だということはすぐバレて、アホかとデコピンされた。痛くて何をするんだと思ったけれど、いつの間にか悲しい気持ちは消えていた。

例えば現世の実習で突然虚に襲われた時。私の震える手を握って背にかばってくれた。それで私は勇気が持てて、二人一緒に力を合わせてなんとか倒した。虚が消えた途端に腰が抜けてしまった私を笑い、軽々と抱えて集合場所に連れてってくれた。あの時はリサに嫌という程からかわれたっけ。でもおかげで恐怖はとっくに消えていた。

私が苦しい時、悲しいとき、怖かった時。心に雨が降っていると彼は必ず私の横に居てくれた。それだけで私の胸は晴れ晴れとして、やっぱり彼は太陽なんじゃないかと思った。



私はこの気持ちの名前を知ってる。でも、知るのが遅すぎたね。



一人になってからようやく自分の気持ちに気が付くなんて馬鹿みたい。心に雨が降ってるのに隣に来てくれない、寂しい。ああ、私は彼に隣にいて欲しいんだってやっと分かった。

でも、届かない




こんな白い虚無の中じゃ、あなたに声なんて届かない


真子、会いたいよ


















「それでは〜全員めでたく入隊試験に合格したことを祝っ

「「「かんぱーい!」」」

待てやお前ら俺まだ喋っとるやんか!!」



音頭をとる真子を遮って皆でグラスをぶつけた。今日は入隊試験の合否及び所属部隊の発表の日。ここにいる五人は揃って護挺十三隊への入隊が決まった。今はその祝賀会の真っ最中である。



「まあぶっちゃけ皆受かると思っとったわ」
「白達特進の上位五人だもんねーっ」
「そう?私は意外と緊張したよ」
「ああ、お前結局鬼道の試験には失敗したんだっけか」
「嫌なこと思いださせないでよ拳西…」



それぞれ得意不得意がある為どれかが秀でていれば挽回が利いて合格になるが、やはり天音は鬼道を暴発させ試験官の死覇装を焦がすという前代未聞のことをやってのけた。それでも合格できたのは他の卒業生より格段に瞬歩がうまく、斬術も主席の真子と肩を並べるほどだったからだ。


「そんで予想通りお前は二番隊か」
「まあ瞬歩が一番活かせる部隊に配属されんのは当然だよね」


本当はローズ先輩かラブ先輩の居る隊に行きたかったんだけどなーと残念そうに零す天音。別に二番隊が嫌なわけではないのだが、最近就いたばかりの二番隊隊長である男性死神の出回っている評判はあまりよくなかった。


「その点拳西が十一番隊ってピッタリにもほどがあるよね」
「お前それ褒めてんのか」
「よっ、ガチムチ喧嘩番長」
「よし分かった殴る」


拳西に殴られたら一溜まりもない為、天音はスルリと真子の後ろに回り込んだ。突然盾にされた彼が避けれるはずもなく、拳西の拳骨は綺麗に彼の頭に落ちた。「お、お前…覚えとけよ…」という遺言めいた言葉は微塵も聞かず、天音はリサ達との話に夢中になっている。


自然と会話は女性陣と男性陣に分かれ、向こうは向こうで盛り上がっているので拳西は恨みがましそうに頭をさすっている真子に問いかけた。


「で、結局卒業まで何も言わなかったな」
「な、なにがやねん」
「お前こんなヘタレだったのか、知らなかったぜ」
「ほっとけ」


ぶっすーと顔をしかめる真子。そろそろ行動をせねばならないことは彼が一番よく分かっていた。


この二年で天音は綺麗になった。それは徐々に告白される回数が増えてきたことからも分かる。毎回呼び出される背中を見送っては緊張している自分を、彼女が居なくなった教室で他の三人から詰られることもしょっちゅうだ。それは入学してきていつでも会えるようになったひよ里からも文句を言われるほどで。それでもいつもケロリとした顔でだるそうに戻ってくる彼女を見て安心していた。


しかしそれも今日までだ。護挺に入隊すれば世界は一気に広がるのだ。隊が違うことも決まった今、会える時間は学生時代とは比べるまでもなく減るだろう。そんなことで切れる絆ではないと思っているし、どうせまたすぐにこの五人で集まって騒ぐことは目に見えているのだが、真子はそれとは別の繋がりを欲していた。



「ま、しばらくは仕事覚えんのに忙しいだろうし、今のうちに心の準備しとけよ」
「…拳西って見かけによらず面倒見ええよな」
「また殴られてえのか」



すまんすまん、と悪びれた風もせずグラスを振る真子に拳西の青筋が立つ。毎日のようにしていたこんな下らないやりとりもしばらくお預けかと思うとやはり寂しいものがあった。


…よっしゃ、仕事落ち着いたら飯でも誘って、ほんで、




好きだと、きちんと言おう



そうしたら彼女は笑ってくれる気がするのだ。漠然とだがそんな予感がして真子は頬を緩めた。




彼が彼女の脱退を耳にするのは、この一か月後である