(※夢主がドナ厨)
「へえ、独立?アンタがねぇ」
水槽、というより最早ちょっとしたプールとでも言った方がいいそこの縁の上に肘をつきながら(そう、私はミュータジェンの影響で腕が生えてしまった、というか魚からミュータントに進化する過程でそうなってしまったのだ)、傍らに座っている男の話に相槌を打つ。ただ黙って聞いているだけじゃあ味気ないだろうと考えた上でそう返したのだけれども、何故か男には気に障ったらしく不機嫌そうな声でなんだよと返されたので、思わずため息をついてしまった。
「別に茶化してなんかないでしょうが。ただ、ラファはそういうことを考えてるんだなーへえーって思ってそう言っただけなんだから」
「マジかよ、嘘くせぇな」
「マジでーす、嘘じゃないでーす」
両手をひらひらしつつ答えたが、内心では驚き、というより意外な事を言いだしたなあと思っていた。ラファエロは脳筋だし素直な性格ではないが、実はかなり家族思いな部分がある。そんな彼が独立したいだなんていいだすとは。個人的にはミケランジェロが「もうピザは当分食べたくないなー」とか言い出すのと同レベルの話だ。要するにそれくらいあり得そうにない話ってこと。
「で、独立したらどうすんの。どの辺りに住むの」
「まだ決めてねぇよ」
「一人でご飯作れるの。お金は?あっ仕事とかどうするの。てか……まず就職できるの?」
「だーから、さっき機会が出来たらっていったろが!!あとそんな矢継ぎ早に色々聞いてくんな ちょっと黙れヴィヴィ!」
「なーんだ、ほんとにまだ全然決まってないんだ」
ちょっとつまらなくなって、私はプールサイドから手を離すと、そのまま後ろ倒しになって仰向けの状態で浮く。背中に水の感覚がして、とても気持ちがいい。今や肺呼吸までできるようになってしまった私だけれど、やはり根が魚なので水の中のほうが性にあっているのだ。
そこそこの広さがあるとはいえ、所詮は水の入れ物であるここは、潜れば底があるし、端まで泳げば壁がある。けれども照明でライトアップされてターコイズ色に光っている所為か、とても幻想的で、ぼーっとしているとここが下水道だということをうっかり忘れてしまいそうになる。今みたいに水面に浮いてる時なんて特にそう。そうしてぷかぷかしていると、「おい」と非難めいた口調で呼ぶ声が聞こえた。そうだいけない、まだ人がいたんだった。慌てて体を起こして見上げると、渋い顔でこっちを見つめてくるラファエロがさっきと同じようにプールの縁ぎりぎりで胡坐をかいている。
「ごめんごめん」
「そうやって唐突に一人の世界に行く癖やめろよ」
「だったらラファももっと皆に素直になんなよ」
「お前なあ」
今度はラファエロが溜息をつく番だったが、漏れた息には思ったほど苛立ちが混ざっていなかったので少し安心した。
再び仰向けになって水の上に浮遊していると、またおいと声を掛けられたので今度は体勢をそのままに目線だけ寄こした。その仕草で私が青い世界に行っていないことを察したらしいラファエロは、少し不満げに鼻を鳴らしてから離し始めた。
「なあヴィヴィ」
「はーい」
「お前はどうなんだよ」
「わたしが、どうなんだって?」
「だから、外に出たいとかもっと広いところに行きたいとか思わねぇのかよ」
何で私の話になるんだそこで、と突っ込みたい気持ちを抑えて、私は大げさにうーんと唸り声を上げる。ついでに腕組みもして。仰向けで浮きながら腕組みするって傍から見たらかなりウケるポーズかもしれないけれど。
「って言っても私下水道の中しか知らないしぃ」
「全然知らねぇ訳ねぇだろ。こないだマイキーと一緒に海の番組見てたろ」
「あー、アニマルプラネットのグレートバリアリーフ特集?あれね、綺麗だったねうん」
「あれ見ながら『いいなー 私も南の海でカクレクマノミと泳ぎたーい』とか言ってたじゃねえか」
「うわ何それ今の私の真似?私そんなにキモい口調で喋らないよラファの馬鹿」
「るっせえ!じゃなくてっ、お前に外への興味はないのかって聞いてるんだよ。ドナにも話しろってせがんだりしてるじゃねぇか」
っていわれてもねぇ。そう呟きながら、コイツほんとによく家族の観察をしてるなぁと感心する。
「っていわれてもねぇ、ぶっちゃけ私、外の話が聞きたいんじゃなくてドナの話が聞きたいだけだから」
「うわっマジかよ……」
「ていうかドナの話なら、私なんでも聞くから。外の世界の話でも発明品の説明でも蘊蓄でも、不動産の広告の読み上げでも凄い喜んで聞くから」
至極真面目に言ったのだけれども、ラファはドン退きしたみたいだ。うげぇとでも言いたそうな顔をして私を見ている。
「……お前、趣味悪ィぞ」
「寧ろドナテロが趣味だから、私」
「まあ、なにはともあれ、お前がマジで独立する気ねぇのはわかったわ」
「しないよ。そうだ言い忘れたけどさ、我が家の家計の8割はドナが稼いでいるの知っててマジで独立したいとか言ってるのアンタ」
「ヴィヴィ……テメェ俺の事嫌いだろ……」
「失礼な!ドナの次か次くらいに好きだよ!!」
「あー、もういい 俺が悪かったからもう自分の世界にでもどこへでも行っちまえ」
呆れ切ったように片手をひらひらと振るラファエロの言葉に甘えて、私は水に浮くのに集中することにした。
天井に反射してきらきらと光る水面が綺麗で、テレビで見た南の海にいるみたい。それを見つめていると、ここから出ていく理由なんて本当にないなあと思えて、私はますます幸せになるのだった。