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スキなのかコイなのかアイなのか

(※「歪んだ心と純粋なあの子」の続き)


「じゃあ、これで役割は決まったね。レオが水槽の水換え、ラファが餌係、そして僕が体調の管理」

 これでバッチリだね、とドナは満足げに頷いていたけど、ちょっと待ってよ。ボクは何をすればいいのさ?

「ねえ、ボクのやくわりはなんなの? ボクだって金魚のおせわをしたいよ!」

 ボクが上げた抗議の声に、アニキたちがそれぞれ困惑したような表情を浮かべる。

「マイキーは…そうだな……うーん」
「やめとけよ、ドナ。こいつに面倒見させたが最後、金魚なんてあっという間にあの世行きだぜ」
「ちょっとそれどういうこと!?」
「おいラファ、言い過ぎだぞ。マイキーもいちいち構うな」

 レオがボクの肩に手を置いて押し留めたけど、ボクは納得いかなかった。皆ばっかり面倒を見るだなんて不公平だよ。

「ねえドナ、ボクにもなんかさせてよ。金魚はボクたち全員でめんどうみなさいって、せんせいも言ってたでしょ?」
「そう……だね……うん……ああ、そうだ!」

 ドナは眼鏡越しに数回瞬きを繰り返すと、ボクを見つめた。

「マイキーの役割はね、」


******


 テレビの画面が「僕の愛しのかわい子ちゃん」からシリアルのCMに切り替わったのを見届けてから、ボクは横目でヴィヴィの様子を伺った。ビニールプールの中で、おもちゃのアヒルを両手でにぎにぎしているヴィヴィは、「かわい子ちゃん」を見ている間ほどではないけれど、いつもと様子が違った。ははーん、と口に出しては言わず、心の中で頷く。
 そりゃあ、そうだよね。
 ヴィヴィは”心配”しているんだから。大好きなドナが、「かわい子ちゃん」に盗られてしまうんじゃないかって。

(尤も、ヴィヴィ本人はなぁーんにも、わかっちゃいないんだろうけどね)

 だからこそやり場のない気持ちをアヒルちゃんにぶつけているんだろうけれど、それにしたって彼女はいつになったら全ての事に気がつくんだろうな。ドナがとっくの昔からヴィヴィに心底惚れ込んでて、でもってヴィヴィ自身だってドナに惚れてるってこと。
 ヴィヴィは自分の事を「ドナおたく」だなんて言って(この名称を付けたのはラファの奴だ)、アニキに入れ込んでるブラコンの妹のような感覚だと思っているんだろうけど、鈍感にもほどがあるよねー。つくづくドナちゃんが可哀想だ。

(まあ、さっさと思いを打ち明けないドナちゃんもドナちゃんだと思うけど)

 全くドナテロは、なにをそんなに躊躇っているんだろうな。早く「好きだ」って言っちゃえば済む話なのに。ヴィヴィだって自分で意識していないとはいえ、ずっとドナのことが好きなんだから。振られる確率なんてないに等しい。
なのに、何でだろう。

 ここまで考えてから、そういえば前にドナに直接理由を聞いてみたことがあるのを、ボクはようやく思い出した。
 あれは宵の口をとっくに過ぎたころだったけど、レオとラファは先生を審判にして手合わせをしていたから、リビングにはボクとドナの二人だけだった。少し前にはヴィヴィもいたけれど、眠そうな顔をしていたからドナが彼女の部屋に連れて行ってあげたんだっけ。
  ビニールプールからそっとヴィヴィを掬いあげて、壊れものを扱うように抱きかかえて彼女を連れていくドナの後姿を眺めながら、”まだ”そういう関係じゃあないことが信じられないよなあ、と何百回思ったかもわからないことを、改めて思っていた。


「早いとこ告っちゃえば、済む話なのにさ」


 ドナが戻って来て、ピザ箱ソファに腰を降ろしたと同時に、ボクは口を開いていた。いきなり声を掛けられたドナちゃんは弾かれたみたいに僕の顔を見つめると、分厚くてダサいレンズ越しに何度も瞬きを繰り返して、その所為で金色をした瞳がせわしなくぐるぐると動いていた。そうして自分の気持ちを落ちつけているみたいだったけど、ようやく開かれた口から出た声は、微かに震えていた。

「……マイキーには、わかんない、でしょ」
「わかんないって何を?ドナがヴィヴィにぞっこんだってことは昔っから知ってるよ。だってドナがボクにくれた金魚の世話の役割は、『観察係』だったもんね」

 今となっては、それはドナが金魚を守りつつボクにも役割を当てるための苦肉の策だったのだと思うけど、案外ボクの性に合った仕事だったと思う。何故って、そのお陰で色んな事に気づかされたんだからね。例えばヴィヴィの身体が変化していることにいつも一番に気がついたのはボクだったし、初めて言葉を発したところを見たのもボクだ。そしてヴィヴィと接している時の皆の姿だって、ボクには立派な観察対象だった。いつもはクソ真面目に足が生えてるみたいに振舞うレオが、ヴィヴィの前では案外子どもっぽい表情を浮かべていたことや、がさつで乱暴者のラファがこっそり動物の飼育にまつわる本を読んでいて、金魚の餌についてあれこれと気を使っていたことも、ばっちりこのお目目で見ちゃっているわけ。
 そんでもって、ドナがヴィヴィを見る時の目が、ペットへ向けるものから女の子へ向けるものに変わっていった過程だって知っている。ヴィヴィの身体が変わるにつれ、ボク達家族がひとつずつ歳を重ねていくにつれ、それはドナの悩みの種になっているようだった。

 でも、さ。
 悩んでいる暇があるくらいなら、さっさと気持ちを伝えちゃえばいいんだ。ていうか、両想いなのは明白なのに、言わない方が不自然なくらいだ。
  そう言うと、ドナは「君は、ほんとに、何もわかってない」と呟きながら、ボクをぎりりと睨んだ。

「確かにヴィヴィは僕に懐いてくれてるけど、それは僕と彼女が家族だからだよ。僕が思ってるものとは違う」
「違わないと思うけどなあ。ヴィヴィは気がついていないみたいだけどさ」
「だから、そんなことわからないじゃないか。それはあくまでもマイキーの見立てだろ。ヴィヴィの本心はわからない」
「まあ、確かにそれを言われちゃあおしまいだけどさあ、ドナだってヴィヴィの本心を知らないのに見立てをしてるじゃないか」

 ドナは眼鏡を指先で押し上げながら小さな溜め息をひとつついた。

「……『ずっと家族でいてね』、って」
「え?」
「そうヴィヴィが言ったんだ、僕に」
「……それっていつの話?」
「子どもの頃だな。ヴィヴィが喋れるようになった時だから、ほんとに昔の話だよ」

 そんな10年くらい前の約束を律儀に守ってるってわけ?
 そう、言ってやろうとしたけどできなかった。
 だってドナちゃんってば、この話をしながら笑ってたんだ。人はあんなに悲しそうに笑えるものなんだなあ、とその時初めてボクは学んだんだ。

「馬鹿だって、思ってるよね? 僕も思ってるもの。そんな昔の話」
「ドナちゃん」
「でもねマイキー、僕は怖いんだよ。僕が気持ちを打ち明ければ、僕たち家族の関係は絶対に変わってしまうんだ。それが、ヴィヴィが望む変化なのかわからないから、怖いんだ」


******


 あの夜、ドナちゃんが漏らした言葉を思い出しながら、ボクは、アヒルを握りしめているヴィヴィの横顔を見つめた。散々にぎにぎされたアヒルは体がいびつになって、ぐにゃりとひしゃげて、空気穴の部分からぴぃぴぃと音が鳴っている。まるで弱々しい悲鳴みたいだ。可哀想に。

「ヴィヴィ、アヒルちゃんを虐めるのはよしなってば。痛い痛いって泣いてるじゃん〜」

 ワザと茶化すような声を出してみると、ヴィヴィは慌てて僕の方を振り返った。弾みでヒレが水面を打って、小さな水しぶきが立つ。

「やだな、虐めてなんかないってば」
「本当にぃ?」
「本当だって。遊んでただけ」

 そう言って笑ったヴィヴィの顔は、いつかどこかで見た誰かの笑顔みたいに、とっても悲しそうだった。

(了. 2016/08/28)

(since 2014.08.26 Komamaru)

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