音がする。
 いや、声と言う方が正しいだろうか。
 耳の奥に届く、キィン・・とする小さくてか細くて、それでも確かに聞こえてくるその声は、とても楽しげだ。
 途端、感じたのはひんやりとした冷たい空気。
 触れたところから感じるその空気は、一枚のガラスを隔てた向こう側の空気を教えてくれていた。ピリリとした冷たさに思わず、毛が逆立つ。
 ジルの腕から身を乗り出して窓に近づくと、自分の息が窓にかかり、ガラスが僅かに曇った。
 視界に広がったのは、月に照らされた外界の景色。今宵は雲もなく、月明かりに照らされた城外の景色がはっきりと見えた。
 そしてその中に、この夜更けに相応しくない小さな影が動いているのを見つけた。


*  *  *


「――今夜は、雪が降るよ」
 夕食後のティータイムを過ごしていたアデルの口から、ごく自然にそんな言葉が出た。
 その言葉に、シャーロットとジルの二人はその特徴的な瞳を城主に向ける。その瞳には言葉に出さなくても疑問の色が浮かんでいるのは明らかだ。そんな二人を見たアデルはくすくすと微笑う。
「僕だってだてに長生きしていないよ。それくらい分かる」
「わかるもん……ですか?俺もそれなりに生きてますけど、いつも気付いたら降ってるような感じですよ?」
「私もです。でもそういえば、マスターが降ると言った翌朝は確かにいつも降っていますよね」
 二人の不思議そうな表情に、アデルはその微笑みを更に柔らかくする。
「正確には、降る降らないがわかるんじゃないんだ。――そうだね、強いて言うなら“聞こえる”かな」
「聞こえる?」
「雪の降る音が、ですか?」

「冬の使者の足音が、だよ」

 主は片方の目を瞑り、人差し指を口元に当て、悪戯っぽく答えた。


*  *  *


「答えが知りたかったら、夜まで待つといい。そうだね、月が一番高い所に登るまでかな」
「耳をよく凝らして、どんな音も聞き逃さないくらいに澄ませるんだ」
「“彼ら”は人間には視えないけれど、君たちなら頑張れば視えるはずだよ」
「もし姿が視えても、騒いではいけないよ。“彼ら”はとても恥ずかしがり屋さんだからね」

 それじゃ、と言い残し寝室へと消えた主は、いつもと同じような柔和な笑みを浮かべドアの向こうへと消えていった。
 部屋に残されたのは黒の毛並みに映える赤いケープをつけたシャーロットと、紫のガウンをはおったジル。暖炉の火が残っているとはいえ、近頃一気に気温が下がり冬の気配が感じられるこの頃では、こうしてカミルに作ってもらった衣類で暖をとっていた。

パチパチ――、暖炉の薪が燃える音だけが耳に届く。それとお互いの息遣い。

「――、一体何があるんですかね?」
「マスターはいつも、全てを話してくれませんからね」
「すっごく楽しそうでしたけど…」
「悪戯……というか、相手がびっくりすることが好きな方なんですよね」
「あー…、最近その意味が何となくわかってきました」
 室内に静かに響く二人の小さな話し声。少々呆れつつも、思わず笑みが零れてしまう二人の話の中心には、主であるアデル。何があっても彼の人だけは憎むことも、嫌うこともできなかった。


*  *  *


 どれくらいの間そうしていただろうか。
 暖炉のまきは徐々に小さくなり、つい先程執事の姿をしたブラッディ・ドールが新しい薪をくべていったばかりだ。流石に寒さを感じた二人は、ジルがシャーロットを抱きかかえる形で暖を取り始める。
 時々他愛のない話をしながらも、視線だけは窓の外から離さない。
 夜は完全に更け、月も恐らく一番高い所に位置しただろう。
 もう何も起こらないのではないか、二人の中にそんな疑念が浮かび始めた頃だった。


「――あ」

 音がする。
 いや、声と言う方が正しいだろうか。
 耳の奥に届く、キィン・・とする小さくてか細くて、それでも確かに聞こえてくるその声は、とても楽しげだ。
 途端、感じたのはひんやりとした冷たい空気。
 触れたところから感じるその空気は、一枚のガラスを隔てた向こう側の空気を教えてくれていた。ピリリとした冷たさに思わず、毛が逆立つ。
 ジルの腕から身を乗り出して窓に近づくと、自分の息が窓にかかり、ガラスが僅かに曇った。
 視界に広がったのは、月に照らされた外界の景色。今宵は雲もなく、月明かりに照らされた城外の景色がはっきりと見えた。
 そしてその中に、この夜更けに相応しくない小さな影が動いているのを見つけた。

 小さな影、と言っても本当に小さな影だった。人間の子供よりも小さい。30cm程の大きさだろうか、遠くて正確にはわからないが、ピクシーよりも小さいかもしれない。その小さな生き物が十数人動き回っていた。その後ろを少し大きな影がついていた。その影はそれこそ人間の子供程の大きさだったが、姿かたちから恐らく「彼等」の保護者的な役割なのだろうと思えた。そう思うのが一番しっくりきた。
 彼等は全身を白い服で覆い、肌も髪も全てが白かった。唯一違ったのは瞳の色。透き通るようなアイスブルーだ。彼等はまるで散歩でもするかのように、とても楽しそうに走り回っていた。その後ろを歩いていた一回り大きな人影恐らくは女性だろうその人は、走りまわる子供たちを見守っているようだ。
「ジルさん、あれ……」
「うん…」

 交わす言葉は少ない。騒いではいけないという主の忠告もあるが、その忠告が無くともこの光景は騒ぎ立ててみるようなものでないことも瞬時にわかった。
 月明かりに照らされ先を行く彼等の後ろ、彼等が通った後には空を舞う白いモノ。
「雪が、降ってきた…」
「――きれい」
 思わず見入ってしまうほどの幻想的な光景に、二人は言葉もなく、ただただその光景を眺めているだけだった。

 視界の半分が雪で覆われ、小さな集団もそろそろ見えなくなる、そんな時だった。
 これまで彼らを見守っていただけだったあの女性が、おもむろにこちらを振り返った。
「「!」」
 しっかりを目が合い、思わず二人は両手で口を押える。
 主は騒いではいけないとは言ったが、こちらの存在がばれたらどうなるとまでは言っていない。この場合、どうすればいいのか。答えてくれる人は恐らくと思うこともない、寝ているだろう。それはもうぐっすりと。
 二人の頭の中でぐるぐると様々なことが思い浮かんでは消えていく。こんなことなら対処法まで聞いておけばよかった。
 しかし、二人のそんな思いは杞憂であったことがすぐに証明された。
 女性は口元に静かに人差し指を当て、静かに微笑みそしてそのまま二人の視界から消えていった。
 後に残されたのは窓の前で固まる一人と一匹。
 窓の外はすっかり真白な雪が降り積もっていた。


*  *   *


「昨夜はどうだった?雪が降ってるっていうことは、彼等が来たんだとは思うんだけど」
 よほどよく眠れたのだろう、アデルは晴れやかな笑みを浮かべ二人に尋ねる。
 対する二人はというと、初めて見た光景に興奮したのと、最後に余計な緊張をしたのとであのあと全く眠れず、こうしてすっかり寝不足となっていた。
「?見ることはできたんだろう?」

 事情を知らない主は頭に疑問符を浮かべながらも、問いを投げかける。
「……はい。“あれ”が冬の使者、ですか?」
「うん。少なくとも僕はそう呼んでる。彼等の正しい名前は僕もまだ知らないんだ。けれど、毎年雪の冬時期になるとああやって訪ねて来るんだ。だから僕は冬の使者って呼んでいる。カミルもね、知らないんだって。カミルの場合は興味がないのかもしれないけれどね」
「アデルさんでも、知らないことがあるんですね」
「僕は全知全能の神様じゃないからね。この世界にはまだまだ知らないことがある。だからこそ面白いんだよ」
 主は時々こうして本当に楽しそうにモノを語るときがある。その表情を見るのがシャーロットはとても好きだ。好きだけれど、それを素直に喜べない時もある。
「……マスター、すみません、ちょっとお昼寝を、仮眠を取らせてください…」
「あ、俺も。もう起きてられないです…」
「いいけど。二人ともどうしたの?僕より朝は得意なはずなのに……ってもう寝ちゃった」
 アデルの言葉に返すこともできず、心地よいまどろみに身を委ねた。
 後に残された主は首を傾げながらも、小さく微笑み安らかな寝息を立てる二つの体躯にそっと毛布をかけるのだった。



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