噂ーウワサー 周りを木々に囲まれたところにある建物。 廃れる以前には、多くの子供たちの笑い声が溢れ、それらを優しく包み込んでいたと思われる、木の造り。 建物の周りには、何十年も整備されていない遊具が陳列し、もう誰にも触れられないことを悟っているのか、ただただ真っ直ぐに生えるだけとなった雑草の中に埋もれ、沈黙を保っている。 廃校 そう、その建物は古い木造建築の学校校舎だった。 その学校は以前、小学校と中学校が一緒になっていて、山の中――私たちが言う所謂田舎――に住んでいた子供たちが通っていたのだそうだ。全て伝聞なのは、その学校が在ったのがもう数十年も前の話であり、その話も私のおばあちゃんから聞いたものだ。そのおばあちゃんも、その学校が町中の学校と統合された時に小学1年生だったため、実際にこの校舎に通っていたわけではない。 だから、この学校がまだ健在していた頃のことを知っている人は、いない。 そう、だからこそ、今流れている噂が真実か否かを知る人はいないのである。 その噂とは、どこの学校にでもありそうな、ありふれたものだ。 どこの誰が発信源なのかもわからない、本当にありふれた、ただの噂だ。 『最終下校のチャイムが鳴った後の校舎には絶対に入ってはいけない』 普通に聞けば、学校から言われるようなきまりに聞こえなくもない。ただ、この噂は普通のそれとは常軌を逸していた。なぜならこの噂は生徒間だけではなく、学校という空間にいるもの全てに当てはまっていたからだった。生徒以外に学校という空間にいるもの、つまりは職員にさえも、この規則のような噂は適応していた。聞いた話では、この学校には宿直の先生や、用務員さえもが、最終下校のチャイムが鳴る前には、全て帰宅していたらしい。 何故このような噂がたったのか、それを知る者がいない以上、私たち現代の子供たちは、様々な憶測を並べた。 理科室や音楽室に飾られている、人体模型や肖像画が動き出し、校内を闊歩した挙句、校内に残っている人間を見付けると、その人間をこの世でないどこか別の世界へ連れて行く。 昔、学校が建つ前までここは、とある墓場だった。墓場といっても、墓石が建っているようなものではなく、墓を建てることができない人がそのまま死人を埋めた、所謂土葬を行っていた場所だった。そのため、夜になると多くの霊が目撃される。 …………… …………… など、如何にも子供が思い付きそうなものばかりだが、その中でも、特に、子供たちの中で最も広く知られているものがある。どれほど知られているのかといえば、廃校近郊に住んでいる子供たちに噂について聞けば、その九割近くがその話を一番初めに話すくらい、広く知られているのである。 それは、このような話だ――― この学校が廃校になる前、まだ、校内もさほど古くなっておらず、この地に学校として地域に定着し始めて間もない頃のことだ。静かな山間の地域に、ある1つの事件が起こった。 それは、日々を静かに生きていた人々にとっては、衝撃的なものだった。 その事件とは、ある一人の少女の交通死亡事故だった。 事故が起こったのは、ちょうど夕暮れで、その少女は数人の生徒と共に鬼ごっこをして遊んでいた。鬼ごっこのルールは単純なもので、一般に良く知られているものと変わりのないものだった。ただ、一つだけ、彼らの間にのみ決められていたルールを除いては。 そうは言っても、学校からでてはいけないという至極単純なものだった。学校内からさえ出なければ、校舎内から校庭までの範囲を逃げることが可能だった。というのも、その学校は人数がとても少なく、従って教室の数も少ないため、校舎の造りがとても簡素なものであったのだ。そのために生徒たちは、ごく自然に校舎や校庭を使用した鬼ごっこを毎日のように行っていたのだ。 そんな遊びを毎日のように行っていると、段々と一人ひとりが逃げるパターンや隠れる場所を把握するようになり、逃げる側は絶えず新しい逃げ場を考えなければならなくなっていた。そして鬼もまた、ありとあらゆる場所を熟知し、逃げる者を追い詰めるようになっていた。 だからだろうか、その事故が起きたのは……。 その少女が鬼だったのか逃げる側だったのか、それを知る者はいないが、その少女が遊びに夢中になっていたことだけは確かなのだろう。 夢中になって走っていた少女は、自分たちで定めたルールを思わず忘れてしまったのだろうか。 勢いよく走り、校門を抜けてしまった。 そしてその時、運悪く、学校前を猛スピードで走っていたトラックとぶつかってしまった。 最終下校のチャイムが鳴った時間の学校から生徒が走り出してくるとは、夢にも思っていなかったその運転手は当然、その突然の出来事に驚き急ブレーキを踏んだが、時既に遅し、間に合うはずもなく、まだ発育途中の小さな少女の体をいとも簡単に吹っ飛ばした。 その壮絶なブレーキ音を聞き、駆けつけた近くの住民は、そのあまりにも凄惨な光景に、誰もが絶句したという。 辺りは赤色のペンキを撒き散らしたかのように血液が広がっており、トラックの全面は大きくへこみ、生々しい血液が付着していた。運転手は正気をなくし、事情聴取をしようとした警察官とまともな会話ができないほどだった。そして、何よりもひどかったのは、その少女の骸だった。誰もが一目見て即死と解る状態だった。ありとあらゆる関節がありえない方向に折れ曲がり、これがほんの少し前まで生きて走っていたのかと疑うほどだった。少女の顔は、自分が死んだことに気付いていないかのように、目が開いたままの表情だったという。 そしてその事故以来、学校では奇妙なことが起こるようになったのだそうだ。 初めに気付いたのは、最終下校のチャイムが鳴った後まで残って仕事をしていた教師だった。誰もいないはずの校舎内から、何かの足音が聞こえ、耳を澄まして聞いてみると、それはまるで、子供が走っているかのような音だった。その教師は、こんな遅くまで残っている生徒がいるのかと思い、校舎内を探したが、あたりは真っ暗で、人の気配は全くなかったという。 そしてその後も、奇妙な出来事は続いた。 ある教師は、宿直の際に足音を聞いただけではなく、子供のしかも女の子の笑い声を聞き、その現象が一晩続いたため心理的ストレスがたまり、その後およそ一週間まともな業務につけなかったのだという。 また、生徒にいたっても教師と同様の奇妙な現象に遭遇していた。 事故が起こってしばらくは、放課後の学校で遊ぶ者はいなかったが、事件が風化し校門前に供えられていた花が途絶え始めた頃になると、再び遊ぶようになっていた。だが、鬼になった生徒は逃げる子の数がどう数えても一人多いことに気付き、また、逃げる生徒も姿の見えない何かの追いかけられている感覚に悩まされることが次第に多くなり、放課後の学校で遊ぶ生徒たちは、いなくなっていったのだそうだ。 そしてその頃から、学校にはある規則が設けられ、同時に子供たちの間ではある噂が囁かれるようになった。 その規則というのが、今、私たちの間で騒がれているあの噂だ。そして、子供たちの間で囁かれていた噂というのは、その規則の補足のようなものだった。 『最終下校のチャイムが鳴った後の校舎には絶対に入ってはいけない。なぜなら、昔この学校で起こった交通事故の被害者である少女の霊が、未だに自分が死んだことに気付かずこの学校を彷徨っていて、早く鬼に見付けて欲しいため、チャイムが鳴った後に学校に入った者を、自分を見つけ出すまで永遠に学校から出さないからだ。だが、見付けてもいけない。見付けられると少女は鬼となり、次にその者を捕まえるまで永遠に追いかけ続けるからだ。そして捕まったら最後、永遠に少女に囚われてしまい、二度とこの世に戻ってこれない――』 この噂が真実か否かは誰も知らないが、今、確実に言えるのは、現在その学校は、この噂を聞いた好奇心を持つ者達の絶好の心霊スポットとなり、今でもこうして度胸試しに訪れる者は後を絶たない。 そう、今の、私たちのように―― [mokuji] [しおりを挟む] |