溢れ出す想い


あの後、すぐに真選組の隊士が来た。
私がやったとは思うはずもなく、誰がやったと聞かれたが
顔は隠れて見えなかったと言った。

車に乗り込むと見知った顔があった。

「災難でしたねィ」
「沖田さん…」

車がゆっくりと動き出す。

「しぐれさんには暫く真選組で生活してもらう事になったんでさァ」

家は惨憺たる光景らしい。
使用人は息絶え、母は意識不明の重体、父も意識不明ではあるが命に別状はないらしい。
この状況で一人にしておけばまた春雨の連中が狙ってくると見たのだろう。

そうして今も真選組の屯所に身を寄せていた。

一人になれば何時だってあの夜の事を思い出した。
酷く悲しい色を宿した青い瞳
あの時触れた彼の体温
全部が昨日のことのように鮮明に記憶している。

「しぐれさんはよくそんな空を眺めてられますねィ」

いつの間にか沖田さんが横にいた。

「…上、向いてた方が零れ出さない気がするから」

涙と共に色んな感情が零れ出しそうだった。
彼に会いたいと願う心も。
あんな顔をさせてしまったという後悔も。

あの日、桜の木の下で出逢った時にもう、恋に落ちていた事も。

全部誰かに吐き出せたら楽になるだろうか?

「そろそろ教えちゃくれませんかィ。あんたが隠してる、あの日の事」
「何も隠してません。私は、何も知らない…」
「…あんた、嘘が下手だって気づいてないんですかィ?」

震える声を、手を必死に抑えていたが
やはりお巡りさん相手には通じないらしい。

剣呑な光を帯びた赤い瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。
血の付着の仕方があまりに不自然だった。
返り血を浴びたようには一切見えなかった。
何より、あの場で無傷な事が一番不可解だった。

「余程の手練…いや、殺し慣れてるとしか思えねェ」
「…ごめんなさい。もう、休むわ」

まだ何か言いたげだったが、構わず襖を閉めた。
嘘じゃなかった。彼が春雨の一人であること以外知らない。
それしか知らない自分がただ辛かった。


翌日
両親が入院する病院へ足を運んだ。
容態は芳しくない。

父とも今日は話はできず、ただ顔を見るくらいだった。

「いいんですかィ?もう少し待ってりゃ起きたかもしれないのに」
「いいの。こんな顔見たら、かえって心配させてしまうもの」

心配させまいと笑顔を繕っても、きっとうまくいかない。
鏡なんか見なくてもそんな事は容易に想像出来た。

「少し寄り道してもいいですか?」

久しぶりの外出だった所為もある。
あの時の約束を守らなかった事を謝りに行きたかった。
次いつ行けるかわからないから、今この機会にと。

沖田さんは何も言わず、止めることもしなかった。

万事屋の呼び鈴を鳴らすと、いつものように新八君が出た。
玄関でいいと申し出たが、折角だからと中に通された。

「辛気臭ェ顔してんな」

開口一番に銀さんは言った。

「そんな顔してますか?」
「そりゃあもう。こっちがうんざりするくらいな」

神楽なら定春の散歩に行ってっから
今のうちにその面なおしとけ。

そう言って手にしたジャンプに再び目線を落とした。
隣に腰掛けた沖田さんはいつ付けたのか、アイマスクをして既に寝る体勢だった。
もしかしたらもう寝ているのかもしれない。

出されたお茶を飲みながらゆっくりしていると
扉の方からただいま、と元気な声が聞こえてきた。

「しぐれ!心配したネ!」
「心配かけてごめんね。もう大丈夫よ」

笑顔を返したつもりだったが上手く繕えてなかったようで
神楽ちゃんの表情が曇る。

「あのね、謝らなきゃいけない事があるの」
「…あの事アルか?」
「うん…。約束、守らなかった。ごめんなさい」

もし、彼女との約束を守っていれば何か変わったかもしれない。
そんなことをふと考えたが、既に手遅れだった。

「…色々聞いたネ。しぐれの身に起こった事」

その事を思うと、約束を破ったとかそんなのどうでもいい。
あいつが、そこまでするなんて思いもしなかった。
無事で本当によかった。

そう言って優しく微笑んだ顔は
いつか見た彼の笑顔によく似ていて、堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。

「俺以外は何か、色々知ってるようで。何の事か説明しちゃくれませんかね、旦那」
「…悪ィが、俺から説明できることは何もねえよ。
あいつの為にも、この件にはもう触れないでやってくれないか」

銀さんの話し声が聞こえたが、沖田さんの声は聞こえなかった。


- 6 -

[*前] | [次#]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -