乾いた空気


冷えた空気に晒され、身体が震えた。
父母共に退院したものの、五体満足とはお世辞にも言えず
使用人を雇うにも先の件の所為もあってか中々人が来ない為
自分一人で屋敷の事をこなさねばならない日々が続いていた。

広い屋敷はあの後すっかり綺麗にリフォームされていた。
何かあったとは思えないいつも通りの姿にかえって違和感を覚える。
家族揃って食事を囲む事も無くなっていた。

仕方ない事だった。
母は精神的にショックが大きかったのか未だ立ち直れず、寝たきりの状態。
父は顔を合わせる時は穏やかに笑っていたが、一人になると何やら難しい顔をして部屋に籠っていた。
声をかけることも出来ず、気づけば家中に重たい空気が漂っていた。

部屋からあまり出てこないことを言い訳に、何も言わずに散歩に出ようとしたら怒られた事もある。
そんな事があってか、月に2、3度程万事屋の3人が手伝いに来るようになった。
銀さん曰く、父に頼まれたらしい。

「金払いもいいし、勿体ねえよな。出稼ぎでもなんでももってこいじゃねえか。住み込みなんだろ?」
「そうは言っても死人が出てるような事があったら避けますよ、普通」
「そういえばあれから何もないアルか?変な人が来たとか」
「ううん、何も。みんな元気だったら本当に何も変わらないくらい」

春雨からの接触はあの一件以降一度もなかった。
もしかしたら知らないだけで父の方にあったかもしれないが、
そんな話は何も聞いていなかったし、きっと教えてくれないと思った。

「あのバカ兄貴の事だ。どうせ裏で一枚噛んでるんだろうよ」
「ちょっと銀さん、あんまりそう言う事は…」
「気を遣わないでいいの。もう平気だから」

吹っ切れたと言う訳ではないが、色々とバタバタしているうちに少しずつ折り合いをつけてきた。
もう大丈夫。そう思い込む事で。

「全く、しぐれを泣かせておいて会いに来ないなんて薄情な奴アル。
今度会ったら一発殴ってやりたい気分ネ」

神楽ちゃんの事だから本当に殴りに行きそうだ…。
ふと時計を見ると15時を5分ほど過ぎていた。

「いけない。お茶を淹れなきゃ…」
「あ、いいですよ。僕が代わりに淹れてきます。確かお父さん、奥の部屋ですよね」
「さすがぱっつぁん。お茶汲みの使命はどこに行っても健在ネ」
「なんかごめんね。お願いしちゃって」
「いえいえ、慣れてますから。しぐれさんはたまに休まないとだめですよ」

客間から出て行った新八君を見送ってから自室に戻ると文机の前に腰を下ろす。

文机の上には毎日つけている日記帳と本が並び
中央には装丁の綺麗な二つ折りのフォトアルバムが乗せられていた。

数日前、父親から渡された物だ。
中を開くと袴姿の男性が爽やかに笑っている写真が入っている。
所謂お見合い写真だ。

私もそろそろ年頃なんだから、と言ってきたが実際は違うように思えた。
何となく、この年で両親の介抱をさせねばならなくなった事を気に病んでいるのかもしれない。

今の暮らしは苦ではなく、寧ろ前よりやる事が増えて良いくらいだった。
親の気持ちは分からないでもないが、断るつもりでいた。
いつかこの気持ちに踏ん切りがつくまでは。

お見合い写真をできる限り見えない所に仕舞おう。
何も入っていない引き出しにそれを仕舞いこむ。

今日の夕飯は何を作ろうか。
思考を切り替えるように部屋を出た。


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