花弁の中に白い影


仕事で久しぶりに江戸に来た。
任務自体は難なく終わったのはいいが船のメンテナンス等を行うらしく出発は翌朝の予定になっていた。

一応管理の事もあるので吉原に立ち寄り、そこで一晩明かすつもりでいたが
花魁の一人が夜桜が綺麗な場所があるから行ってみろと言う。

「花には興味がないんだけど」
「たまには風情を楽しんでみては?私は逃げたりしませんが、桜はすぐ逃げてしまいますから」

仕方なく重い腰を上げる。
場所はすぐに解ると言い、遊女は笑って俺を送り出した。

確かに、桜並木はすぐに辿り着いた。
その一体だけ淡く光っていたのもある。
幾本にも及ぶ桜の木が一斉に花を咲かせていた。

中々の見物ではあるがこの時間帯だ。
人はいない。
さて、この後はどうしたものか。

とりあえず桜並木を歩いてみた。
すると、1本の桜の木の下に白い影が見えた。
近づくにつれそれは少女である事がわかる。

肌は透き通るように白く、その髪も真っ白だった。
何処か憂いを帯びた銀灰色の瞳、桜色の唇だけが彼女の唯一の色だった。

この夜桜の妖しさも相まってより一層彼女が浮世離れしているように見え、思わず見惚れる程だった。

視線に気づいたのか彼女が顔を上げ、こちらを見た。
目を丸くし、じっと見つめてくる。
その視線に耐えかね、彼女へと歩み寄ることにした。

「1人かい?」
「えぇ、貴方も?」

透き通った声が耳を擽る。
奇遇ねと言った彼女にそうだね、と返すと頬を僅かに桜色に染めて笑った。
その姿に思わず心臓が高鳴る。

会話はすぐに途切れたが嫌な沈黙ではなく、むしろ心地よくさえ思う。
彼女はじっと桜を見つめ、その姿をただ眺めていた。

ふと、彼女が声を上げる。
そろそろ帰らなければいけないらしい。

「送って行こうか?」

思わず口をついて出たが、やんわりと断られた。
すぐそばの家に住んでいるらしい。

もう少し、あと少しだけ彼女と居たい。
せめて名前だけでも…

「そっか。じゃあ名前教えてくれないかな」

彼女はしぐれと名乗った。
口の中で声に出さないように彼女の名を噛み締める。

「また、会える?」
「きっと会えるよ。この近くに君はいるんだろ?」

きっと、と言ったが心の中では絶対にと言っていた。
でも彼女には言い切ることが出来なかった。
会いに来られない可能性の方が高いからだ。

それでも彼女は首を縦に振った。

「それじゃあ、おやすみなさい。」

次はいつ見られるかわからないその真っ白な姿を
目に焼き付けるように見えなくなるまで見つめ続けた。


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