極彩色に溺れて


気付けば数年の月日が経った。
断るつもりでいた縁談は、親の説得もあり押し切られる形で受ける事になり
今は相手方の家で過ごしている。

同居という形で数年身を置き、
近々婚礼の儀を挙げる予定になっていた。

あの日の春雨襲撃以来、彼には一度も会えていない。
私の事を忘れてくれたのならそれで良かった。
寧ろそうであって欲しいと願う。
心残りは沢山あるけど、それでも全部飲み込んで
諦めて前に進もうと決めていた。

「少し、散歩をしてきてもいい?」
「じゃあ僕も行こう。君一人だと心配だからね」

主人になる予定の人は少し心配性なところがあるが
とても優しい人だった。
心から心配してくれている事が伝わってくる。

「ありがとう。でも、今日は一人で散歩したい気分なの」
「そうか。何かあったら必ず大きな声を出して助けを呼ぶんだよ?」
「うん。行ってきます」

前よりしつこく外に出るなとは言われなくなったのが救いだった。
式を挙げる前に、最後にあの場所を一目見たいと思っていた。
約束を破ることになるけど、お昼で日もまだ高いところにいるから大丈夫な筈。

ほんの少し罪悪感を抱きながら、桜並木へと足を向ける。

昼の時間はカップルや家族連れも多く
花は存在を一つ一つの花が存在を示すかのように満開に咲き乱れていた。

しかし、奥に行くにつれ人は減っていく。
いつも来ていた桜の木は昔と変わらずそこに佇んでいた。

「あのね、私、結婚する事になったんだ」

誰に聞かせる訳でもなく、それでも話さずにはいられなかった。

あの後真選組の屯所で少しの間暮らした事
両親の世話で慣れない家事をやったら意外と楽しかった事
介護に付き合わせて申し訳なく思った親が縁談を持ちかけた事
今その相手と同居している事
近々、式を挙げる事

声が震えていくのが自分でもわかった。
でも、口は勝手に動く。

「変だよね。何で私…何で、ただあの後のこと話してるんだろうね。
桜の木に向かって言ったって何の意味もないのに…」

なのにどうして、こんなに涙が溢れるんだろう。
一粒零れた涙は、その雫の後を追うようにとめどなく溢れてくる。

「忘れようとしても、やっぱり忘れられないの。
今でも鮮明に覚えてる。
神威さんにもう一度会いたかった。
もう一度…その声で名前を呼んで欲しかった」
「…しぐれ」

心臓が掴まれたような衝撃が身体中を駆け巡る。
振り返ると、会いたくて仕方なかった彼の姿があった。

「神威、さん…」
「久しぶりだね」
「どうして…」
「もしかしたら会えるんじゃないかと思って、ずっと待ってた」

頭が上手く回らない。
色々な感情や言葉が込み上げてくるが、喉元でつっかえ言葉にならなかった。

少し困った笑顔を浮かべながら、そっと指で涙を拭ってくれる。
涙をとめなきゃいけないとわかってるのに、拭っても溢れてくるのはもうどうしようもなかった。

「話しかけるタイミングが見つからなくてね。
さっきの話、全部聞いてたんだ。ごめん」

元々彼に聞いてほしくて、代わりに話しかけていただけだから
聞かれても何も問題は無い。
でも、本当に聞かれていたと知った今、少し気恥しさがあった。

「最後のも、聞こえてました…?」
「うん、すごく嬉しかったよ」

抱き寄せられ、密着した体温はあの日と変わらなかった。
本当に彼がここにいる。
夢じゃない。

でも、きっと彼はまた遠くに行ってしまう。
そのことが頭に過ぎり、胸が苦しくなる。

「神威さん、私…」
「結婚、するんでしょ」
「うん。だから今日で最後。最後に神威さんに会えて嬉しかった」

彼の顔を直視できず、ただ胸に顔を埋めた。
今だけ彼の事だけでいっぱいになりたい。
そんな自分勝手な思いから目を合わせられなかった。
本当は向き合わなければいけないのに。

「最後じゃないよ、しぐれ」

その言葉に顔を上げると、優し気な笑みを浮かべたまま
瞳には自信に満ちた光が宿っていた。
澄んだ青の瞳に見惚れかけたが、聞かないわけにはいかない。

「どういう事?」
「俺と一緒に行くんだよ。宇宙に」
「…出来ないわ。私にはもう」

しかし彼は獰猛な顔を僅かにちらつかせた。
そう言われる事を予想していたと言わんばかりだ。

「しぐれ、俺は海賊だよ?」

その表情に魅せられ、そして確信した。
どう足掻いたって最後に私は彼と一緒に行くだろう。

伸ばされた手を取り、一つの同じ傘に入って並んで歩いた。
いつか離してしまった手を離さないように、しっかり繋いだまま。


(心の色に溺れて)
(貴方に染められた)



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