イケメン四天王 | ナノ
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「なまえ、なんかいいことあった?」

そう質問されたが、昨日のあの行為を“なんかいいこと”なんて言葉で表現していいのかわからなかった。なんでもないよ、と質問を全く無視した返答をするのが精一杯だった。

乱れた呼吸を整えた後、岩泉さんも私もふわふわと微睡んだ空気にすっかりのまれていた。何をどうしたらいいのかわからないまま解散し、なんとなく気まずいままだ。気まずい、というか、気恥ずかしい、というか。

火曜日の授業はかったるくて、あまりすきではないのだが、今日はそんな記憶さえない。1日中、いかなる時も彼のことで頭が埋め尽くされており、とてもじゃないが集中なんてできなかった。ぽわぽわとする頭に浮かぶのは彼の体温と香り、引き込まれるような瞳と逞しい身体と、あと…。

「なまえちゃん、」
「っ、は、はいっ」
「…ビビりすぎ」

当然、アルバイト中もそうだった。商品の陳列を行いながらも頭の中は昼間同様、彼のことでたっぷりと占領されている。彼は何度私の名前を呼んだのだろうか。制服姿の彼は部活終わりなのか中途半端な時間にやってきた。

「部活、」
「うん。終わって、いま帰り」

心なしか、岩泉さんもたどたどしいような気がした。でもそれは、そもそも私が彼に対してぎこちない反応だからだろう。昨日別れた後、こうやって顔を合わせるのはこれが初めてだ。朝も昼間も学校ですれ違うことはなかったし、何か連絡を入れようかと思ったが、文章を組み立てることが出来ずに断念した。昨日はありがとうございました!と送るのは如何なものかと思ったからだ。

「今日何時?」
「21時です、」
「外で待っててい?」
「え、っと、」

まだ20時半を過ぎた頃だった。30分も彼を待たせるわけにはいかない。私も詳しくは知らないが、青葉城西の男子バレー部は放課後の練習だけでなく、朝練までやっているらしい。忙しい彼の邪魔はしたくないと、そればかりが脳裏をよぎる。

「…だから、俺が待っててぇんだからごちゃごちゃ考えんなよ」
「…え?」
「授業中寝てるから大丈夫。待ってっから」

ひらり、と手を振って彼は店の外から出て行ってしまう。ありがとうございました〜、と店長の喧しい声が店内に響いて消えた。いまの一連の流れがイマイチわからなかった私は、狐につままれたようなそんな気分で残りの仕事を片付けてしまう。21時ちょうどにバックヤードに下がってアルバイトの制服から学校の制服に着替えた。いつもよりスカートを1つ多く内側に折る。最近買ったリップクリームは、甘い香りとほんのり色づく発色がお気に入りだ。

「…いわいずみさん、」

本当にいるだろうか。さっき見た彼は幻想か幻か何かじゃないだろうか。そうも思ったがいつもの場所に彼はいた。駆け寄るとこちらを見て柔く笑って。

「おつかれ」

くしゃり、と撫でられた髪。さっきロッカールームで軽く整えたのに。もう、と思うが触れられたそこは熱くて、蕩けるようで。

「岩泉さんも、部活おつかれ様です」
「ん、送ってく」
「え、いいです。大丈夫、」
「いいからいくべ」

ぎゅう、と強引に握られた手に、まだドキドキしている。いつになったら、手を繋ぐことになれるのだろうか。いつになったら自分から彼の大きな手を引けるのだろうか。そんな日が、来るのだろうか。

「寒い?」
「え?」
「て、冷たいから」
「あ…ごめんなさい、指先冷えるんです」
「ふーん、」

10月になっていた。気温はゆるゆると下がり、露出した太ももは外気のせいでひやりとする。指先やつま先といった末端が、昔からどうも冷えやすいのだ。言われてみれば岩泉さんの手はあたたかくて心地いい。きゅ、と力を込めてその熱を堪能する。

「岩泉さん、あったかいです」
「なまえちゃんが冷たいんじゃねぇの」

隣にいる彼が愛おしくて、緊張しながらも視線をそちらにやればちょうどごつりとした喉仏が目に入る。すき、という感情はどこから湧き上がるのか、私の身体中を支配していく。繋いだ手から何かが伝わってきているのか、はたまた彼の手の熱のせいか、心臓はバクリと喧しい。昨日のことがぶわりとフラッシュバックし、耐えきれず視線を落とす。どくどくと脈打つ心音が、彼に聞こえていないかとにかく心配だった。

「あのさ、」
「はい、っ」

自分の素っ頓狂な声に恥ずかしくなる。しばし沈黙。2人の靴が地面を叩く音だけが耳に届いて、どう声を掛けようか迷っていた時だった。岩泉さんたち、いま体育なにやってるんですか?とか、もう直ぐテストですね、とか…話題を色々、ごちゃごちゃ考えていたが、どれも声には出せなかった。気まずい、と思っていると彼から声をかけてくれたので思わずまた顔を上げ視線を向ける。

「あ、っと…ちょ、」
「…え?」

かぁ、と頬を染め上げる彼。そのままその場に項垂れる。勘弁してくれ、とでも言いたげだ。しゃがみこんだ彼に合わせて、こちらも立ち止まり同じようにしゃがみ込む。繋いだ手はだらりと力無い。

「岩泉さん?」
「あー…わり、ちょっとまじで…」

はぁ、と息を吐いた彼は、こちらをギロリと睨むように見てくる。その視線は鋭いが、顔の筋肉はゆるりと緩んでいるので恐ろしさは感じない。

「なんか、今日やべぇんだよ」
「え?」
「…笑うなよ」
「なんですか、」
「笑うなよ?!」
「わ、笑いません」
「ちょっと笑ってんじゃねぇか」
「だって、」

だって岩泉さんかわいいから、と言えば彼はなんとも表現しにくい表情をつくる。喜んでいるような、怒っているような、悲しんでいるような、不思議な、今までに見たことのない表情だ。岩泉さんはぼそっと、モゴモゴと話す。その声だって私にとっては珍しかった。

「ずっと考えてんだよ、なまえちゃんのこと」
「…え?」
「あいつらにも、なんかいいことあったんだろってすげぇ言われるし」
「いいこと…?」
「ずっと考えてたらすげぇ会いたくなって来たけど、会ったら会ったでなんか…」

余計おさまんねぇ、と…そう言う彼はもうヤケになったようで、ガバッと立ち上がるとずんずん歩みを進める。ほとんど引っ張られるように私は彼の隣を歩いた。

「っ、まって、岩泉さん」
「だいたい何回言ったらわかるんだよ、スカート短ぇし」
「岩泉さん、」
「チラチラこっち見んなよ、恥ずかしいだろうが」
「だって、」
「だってじゃねぇよ」
「…はじめ、」

ピタッと、彼の足が止まる。チャンス、と思った私は精いっぱい背伸びをして、彼のワイシャツから覗く首筋にちゅ、と唇を這わせた。ほんの一瞬の触れるか触れないかわからないようなキスだった。唇を離せば、彼は呆然としていて、してやったり、と思ったりする。もちろんこちらだって恥ずかしいのだが。

「っ、なに、」
「だって、」
「だから…だってじゃねぇだろ」
「岩泉さん、スカート短いの嫌いですか?」
「は?」
「はじめは、スカート短いの嫌い?」
「きらい、ではない、けど」
「けど?」
「…俺の前だけにしろよ」

はい、と返事をして、キュッと彼の手を握った。はぁ、と溜息をつきながら、強く手を握り返してくれる彼が、どうしようもなく好きでたまらなかった。たぶん、もう、愛していると思うほどだった。

2016/10/08