エリートチャラリーマン | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
「久しぶり」
「岩泉さん、お久しぶりです」

あの頃と、何か変わっただろうか。岩泉さんが自宅まで迎えに来てくれる。3月の終わり。彼を見送ったあの日を鮮明に思い出す。

「及川さん何か言ってました?」
「時間通りに着くって」

駅まで迎えにきてよ。
及川は岩泉さんにそう頼んだらしい。私には何も言わないくせに、酷い男だ。

彼が向こうに行ってから、約束通り1度も会わなかった。彼が仕事に集中するためだ。絶対に1年で戻ってくる。そう言った彼の言うことに逆らうことなんてできず、私は首を縦に振った。連絡こそ取っていたが、それも数は多くなかった。でも、それでよかった。どこからくるのかわからない自信があったから。多分あの日の及川の言葉や表情が、私をそうさせていた。

「及川さん、怒りますかね」
「さぁ。今更だろ」
「それはそうなんですけど」
「怒られるとしたら俺だろ。裏切ったし」
「…すみません」
「あー、違う違う。俺はいいよ、及川に怒られるくらい」

岩泉さんはちょっと笑ってそう言った。彼も久しぶりに及川に会うからか、どことなく嬉しそうだった。

彼が向こうに行っている1年間、3ヶ月に1度くらいの頻度で彼とは会っていた。というか、岩泉さんがそのくらいのペースで店に来てくれたので、もうすっかり常連さんだった。

今月の頭、いつものように来店した彼に及川のことを尋ねると、言葉を濁していたので問い詰めてみる。私には3月の終わりに戻るけどまだ予定がはっきりしない、と言っていたくせに、もうこちらに戻る日は決まっていたらしい。及川らしい、と笑った。

そして彼を驚かせようと、及川を駅に迎えに行く岩泉さんに同行する。及川には内緒で。叱られるかもしれない、とも思ったが好奇心の方が勝った。お昼頃だったので道も混雑しておらず車は順調に進む。

「行ってきな」
「え?岩泉さんは?」

車をパーキングにおさめ、シートベルトを外していると岩泉さんがそう言う。彼は車から降りようとしない。

「待ってる」
「でも、」
「考えたらわかるだろ。新幹線の改札で待ってるって伝えといたから」

ほら早く、と促される。岩泉さんに頭を下げ、足を進める。心臓はバクリと動くし、表情が緩むのもわかる。精一杯平然を装ってみるが、なんとも言えない高揚感がなかなかそうさせない。
何度も時計を見て時間を確認していると、彼が乗った新幹線が到着したことを駅のアナウンスが知らせる。髪、変じゃないかな。靴は汚れていないだろうか。口紅、この色でよかったかな。今になってそんなくだらないことが気になって。

ザワザワと騒がしくなる空気にパッと顔を上げる。2秒とちょっと、きょろりと見渡せばすぐに彼の姿を見つける。ばさりと肩にかかったベージュのトレンチコート。両手には大きな荷物。及川徹だ。

向こうは岩泉さんを探しているからか、全く目が合わない。それが面白くて、彼の姿が嬉しくて。
岩泉さんの姿が見当たらないせいか、不機嫌そうな及川を見て、つい笑ってしまう。短くなった髪は散髪したてなのだろうか。またかっこよくなった気がするのは私の贔屓目のせいなのか。あぁもう、我慢できない。早くこっちを向いてよ。

「及川さん、!」

一瞬、大勢の視線が自分に集まる。もちろん、本人もびくりとこちらを見て、大袈裟に目を丸くする。

「及川さん」

もう一度名前を呼んで、手を振って。及川はあたふたしながら大きな荷物と身体を改札にぶつけつつ、こちらへ走ってやってくる。私も彼の方へ。近くなる距離。もう、たったこれだけの距離。

「及川さ、」

彼はバッグを地べたにドスンと落とすと、私の背中に手をまわして力強く抱きしめた。1年前と同じか、それより強い力。

「なんでいるの」
「…岩泉さんに迫った」
「せまっ、迫ったの?!」
「ね、苦しいし恥ずかしいからやめて」

及川はべり、と身体を離してこちらをまじまじと観察する。

「…なに」
「なまえちゃんだ、」
「なにそれ」

目を合わせて、ケラケラ笑って。とろんと笑う及川は、1年前と変わらず綺麗だ。

「あっ、待って指輪…こっちの鞄だ。あれ?こっちだっけ、」
「ねぇ、変わってない?」

気持ちが変わらなかったら、1年後また一緒にいよう。
その約束の答えを問うと、彼はくつりと笑って。

「…変わったよ、変わったけど」
「え?」
「あのね、1年前よりなまえちゃんのこと好きになってる。こわいよねぇ」

俺どうなっちゃうんだろう、と困ったように笑う及川。バッグの中をガサゴソと漁る。

「及川さん、指輪はいいから」
「よくないでしょ。つーか花屋でバラの花束も手配したのに。予定狂ったよ」
「いいから、キスして」
「えっ?」
「キスしたい」

唖然とする彼。いつかみたいにコートの襟を掴んで無理やりに唇を一瞬重ねる。ずっとこうしたくて仕方がなかった。及川の指先が作った文章を読む度に、電波に乗せた声を聞く度に、早く会いたいって、目を合わせたいって、キスがしたいって、そう思ってきたから。

「おかえりなさい、徹さん」

そう言ってやると彼は大きな目をうるうるとさせる。かわいいなぁ、もう。

「さすがエリートチャラリーマン。ちょうど1年でお戻りですね」
「…もうちゃらくないもん」
「ふふ、そうだね。お疲れ様、がんばったね」

指先で落ちる涙を拭ってやる。周りにどのくらい人がいるのか把握できない。周囲の皆様申し訳ございません。感動的な恋人の再会にもうしばらくお付き合いください。

「岩泉さん待ってるの。行こう」
「えっ、岩ちゃんいるの。なまえちゃんがいるから来てないのかと思った」
「駐車場で待ってるよ」
「早く帰ろう。もう色々限界」

及川はもう一度私を強く抱きしめて、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。

「荷物持つ」
「えっ、重いよ」
「て、繋ぎたい」

なんだか私も素直になったなぁ。大人になったのだろうか。及川は少し考えたが1番小さなバッグを私に渡した。
及川の右手と繋がる私の左手。この温度。身体の芯まで熱くする彼と、また一緒にいられる。指輪も花束も、そんなものなくたっていいんだ。彼の隣は、そんなものとは比べ物にならない価値がある。

及川徹に恋をした自分を褒めよう。

2016/02/13