エリートチャラリーマン | ナノ
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華の金曜日、なんて誰が考えた言葉なんだろうか。少なくともその言葉を考えた人物は飲食店で働いたことがないんだろう。ふざけんな、と内心思いつつ、お姉さん、とお客様から声が掛かったので笑顔をつくる。表情筋はここ数ヶ月で鍛え上げてきたつもり。

「生2つと、サングリアの白?でいいのかな?」
「うん、徹くんありがとう〜」
「生ビールがお二つと、白のサングリアでございますね。かしこまりました、今しばらくお待ちくださいませ」

合コンも女子会も会社の飲み会も滅亡してしまえばいいのに。金曜日だからって浮かれやがって。思わず舌打ちをしそうになるがどうにか堪える。次々にオーダーが入るし、キッチンからも声が掛かる。フロアは私をメインにアルバイトの子が何人か。私が頑張らなければいけないのだ。

「本日はありがとうございました。そうしましたら6名様でお会計2万6200円でございます」
「徹くん、幾ら?」
「あ〜いいよいいよ、みんな先に出てて」
「サンキュー及川」
「えっ、いいよいいよ!払う!」
「いいからいいから、今度は岩ちゃんが奢ってくれるって」

3対3の合コンお疲れさまです。
ただなんでもいいから早く金出せよ、と怒鳴り散らかしたくなる心をゆったりとした呼吸で留める。とおるくん、と呼ばれた長身の男は、万人が好きになるような爽やかでキチンとした顔立ち。私みたいな小娘でもなんとなくわかる高級そうなスーツと時計。ネクタイとシャツのカラー選びが小洒落ていて、如何にも“出来る男”風。男性2人とたいして可愛くもない女3人は外へ。最初から折半する気なんてなかっただろう、タチが悪い。

「あ、ごめんねお姉さん、忙しいのに。幾らですっけ?」
「いえ、とんでもございません。2万6200円でございます」
「じゃあ2万7000円で。あと、電話番号教えてもらえる?」
「かしこまりました。電話番号、こちらのカードに記載しておりますのでご確認くださいませ。2万7000円お預かり致します」

男は一瞬驚いたようだったが、へぇ、準備がいいじゃないとほくそ笑むとこの店の住所や連絡先が書かれたカードの隅々にまで目を通す。そして、吹き出して笑う。変な男だ。

「ありがとうございます、800円お返し致し「違う違う!そうじゃなくて!なまえちゃんの番号!」

…なんでこの男、私の名前知ってるんだ。そして謎のハイテンション。酔っているのだろうか。唖然として男の顔をジッと見る。知り合い…?いや、違う…と思う。

「私の番号…と申しますと」
「携帯持ってるでしょ?」
「私の個人的な連絡先ということでしょうか?」
「それ以外に何があるの。この店の番号なんてどうでもいいんだけど」

先程からお客様は何をおっしゃっているのですか?そう問いたいところだ。だいたい会計一つにどれだけ時間を要しているのだろうか。ほら、キッチンから店長の嫌な視線が飛んでくる。早く切り上げねば。

「申し訳ございません、個人的な連絡先をお客様にお教えすることは当社の規則で禁止されておりまして」
「…ここの系列のお店の子、この間番号教えてくれたけど?」

…世の中馬鹿ばっかり。私に嫌がらせでもしたいのだろうか。確かにこの男は大企業とかに勤めて、ボーナスもドカンと貰っているだろうし、顔だって整っている。上品なスーツからスラリと伸びた手足は程よく筋肉を纏い、バランスも良い。誰が見たって明らかにSランクの男。

「あぁいいや。なまえちゃん捕まえてるとなまえちゃんが後で怒られちゃいそうだもんね。これ俺の名刺。携帯載ってるし、かけて」
「いえ、あの、困ります」
「ごめんね、時間取らせて。ご馳走様でした、またね」

ヒラリ、と手を振って笑顔を見せる男に、しばらくぽかんとしてしまった。アルバイトの飛雄が私の肩を叩く。

「なまえさん、店長怒ってます」
「っ、あ、ごめん。すぐ…って、あぁ!」

私の右手にはSランク男に返すべきだった800円とレシート。やばい、やってしまった。追いかければ間に合うだろうか。

「珍しいっスね、ナンパっスか」
「珍しいって失礼だから」
「ただでさえでも店長機嫌悪いのに、レジミスあったらヤバイっスよ。いいじゃないですか、貰っておけば」
「…飛雄ちゃん最低なこと言うね」
「それか、名刺に携帯書いてあるんでかけたらどうですか?一旦なまえさんが預かって、また店来てもらった時に返すとか」

飛雄にしては冷静な判断だと感心した。私はレシートと800円、そして“及川徹”の名刺を一旦サロンのポケットに入れ、2番テーブルの注文を取りに足を動かした。
ほんと、嫌になる。自分自身に。

2015/10/17