「若いのによくこんなお店知ってるね」
「学生の頃、よく来たので」
裏路地にある、雰囲気のいいお店だった。立地が良いとは言えないが、店内は混雑している。客層は年代も性別もバラバラ。おしゃれ定食屋さん、と表現すれば良いのだろうか。
「よく来るの?」
「最近はあまり」
「外食しないんだ」
「しますよ」
「自炊は?」
「休みの日にたまに」
幾つか質問をしたところで心が折れかけたので、やめた。一問一答かよ。クールな舞台俳優じゃないんだから、もうちょっとがんばって答えて頂きたい。
彼は食事の所作も美しく、育ちがいいんだろうなぁと思わせた。子どもに“京治”と名をつけるのだ。そんじょそこらの家庭じゃないはずだ。
「怒ってる?」
「怒ってませんよ」
「うそ」
「…何に怒ればいいんですか」
「私、赤葦くんの携帯持ってたから」
今更その話をしますか、とでも言いたげな表現。ため息まで聞こえてきそうだ。
「そんなことで怒りませんよ」
「ねぇ、私、あの日なにかした?」
「…なにかって何ですか」
「赤葦くんが不快に感じること」
黙って、ぐるりと記憶を巡らせているよう。彼は怯むこともなく答えてくれる。
「不快に感じることはありませんでした」
「…なに、その意味深な言い方」
「知りたいんですか?たいして飲めもしないアルコール大量に摂取して家に来いって誘って」
ほう、私から誘ったんだ。歳を重ねると見境がなくなって困るもんだ。
「家に送り届けて帰ろうとしたら帰っちゃ嫌だってごねて俺の内ポケットから携帯引き抜いて離さない」
随分大胆なことをしたようだ。あそこまで酔っ払ったのは初めてだし、ましてや男性のいる飲み会で記憶を飛ばしたことなんてない。大抵接待なので意識の確保はするのだ。
「いつもこうなんですか」
「なにが」
「飲み会だって少なくない部署でしょう」
軽い女だと思われただろう。否定したって無駄だと思い、やめた。なにか言うだけ無駄だ。信じてもらえるはずがない。それだけの行動をした。
「否定しないんですね」
「ご自由にご想像ください」
一瞬、ムッとした彼だがすぐにいつもの涼しい顔に戻る。気付かないふりをして話題を変えた。
「サクッと終わらせよっか、明日も早いし」
「はい、よろしくお願いします」
飾り気のないシンプルな手帳と質のいいボールペンで真面目にバーベキュー係の仕事内容を書き出す彼。相変わらず美しい姿勢で美しい文字を書く。
そのまま彼とはスパッと別れた。会計で少し揉めたが、俺が誘ったので俺が払います、と頑固な彼。まだ初任給だって出ていないだろうに、律儀な男だと思った。単に借りを作りたくないだけかもしれないが。
彼は職場の後輩。それ以下でもそれ以上でもない。
そう言い聞かせたが、1人で歩くのはなんだか妙に虚しかった。思ってなくても“送っていきます”って言ってよ、もう。
2016/01/29