アカアシモリフクロウ | ナノ
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「…俺、なんかしました?」

背後から、そう声をかけてくる彼を無視するのは結構面白い。いつもの時間、いつもの給湯室。眉を下げた彼はこちらの様子を伺って。

「ねぇ、なまえさん」
「仕事中」
「…すみません」

私だってそんなに単純な女じゃない。下の名前で呼ばれたくらいじゃ、尻尾振らないっつーの。邪魔、と言い放つと彼は諦めたようで。

「ごめんね?」
「…別に怒ってないから」
「怒ってるじゃないですか」
「怒ってません」

彼は、本当に何もしていない。お手洗いで聞いたのだ。女子社員が話しているのを。内容を要約すれば新入社員の赤葦京治がかっこいい、というものだった。連絡先聞いちゃおうかなぁとか、飲みに誘おうかなぁとか。
1番ぐさりときた言葉を発表しよう。
”あの部署、みょうじさんしか女いないもんねぇ。赤葦くん可哀想”だ。
文句なしに心をえぐったで賞ナンバーワン。素晴らしい作品に拍手を送りたくなる。
だから、私が勝手に苛立っているだけ。彼に思い当たる節があるはずない。

「…昨日、言わなくてごめん」

なのに、彼は勝手に謝ってくる。意味がわからないが、流れはわかった。わかったので、黙って彼が勝手に自分の首を絞めるのを待つ。嫌な女だ、と自分で自分を評価する。

「先輩に急に誘われたから…仕事の接待かと思ったら合コンで」

うちの部署の男たちが頻繁に合コンを開催しているのはよく知っていた。いつかこいつも巻き込まれるかもしれないと思ってはいたが、よくもまぁ黙って行くもんだ。一応、彼氏だろ。

「でも、何もないから」

何もないとか、そういうことじゃないだろうって言いかけたけどやめた。そもそもそんな問題じゃない。どこから怒ればいいのかわからないし、そんなことにエネルギーを使いたくもなかった。

「…みょうじさん?」
「もういい」
「え?」
「付き合いだし、仕方ないんじゃない」

どうでもいいよ、って強がった。本当はどうでもいいなんて微塵も思っていない。どんな女の子がいたのか知りたいし、どんな話をしたのかも知りたい。携帯の履歴だって気になる。
そして話を戻すが、赤葦くんは本当に会社の他の女と何もないのだろうか。私と同じように気の強い人間もチラホラいるのであり得なくはない。彼から見たら上司になる女もいる。連絡先を聞かれたら、まず断れないだろう。これだけ社内が彼の話で持ちきりなのだ。

「合コンくらいで、いちいち報告しなくていいよ」

そう言ってコーヒーをデスクへ運ぼうと給湯室を出ようとした時だ。彼に腕をぐっと掴まれて。

「…痛い、」
「みょうじさんも、教えてくれないんですか」
「何を」
「合コンくらい、いちいち報告しなくていいんでしょう?なら、付き合いでそういう場に行かなきゃいけない時、俺には教えてくれないんですよね?」
「…会社でこういうことするのやめてくれる」

腕を振り払おうとするが、力が敵わない。ぎゅう、と強く握られる手が痛くて。

「見られたらどうすんの、」
「いいよ、俺は」
「私は嫌」

それは、そんな意味じゃない。
付き合っているのが恥ずかしいとか、彼に不満があるとか、そんなことじゃなくて。まだ入社したばかりの彼にそんな噂が流れるのはマイナスでしかなかった。ましてや同じ部署の女と、なんてことが周りに知られたら面倒以外の何物でもない。それがきっかけで崩れるカップルを何組か見てきたから。だから嫌だって言ったのに。

「…そんなに俺と付き合ってるのがみっともないですか」

泣きそうな顔でそう言う彼。何も答えなかった。みっともないのは貴方でしょう。どこからどう見ても完璧なのに、こんな手近な女と付き合って。若くもなければ特別綺麗でもない。スタイルだって自慢できるレベルじゃないし、言葉遣いだって悪い。負けず嫌いで、気が強くて。もっと、綿菓子みたいな女の子と付き合えばいいじゃない。

「…本当、やめて。仕事中だから」

そう言って力の緩んだ手を振り払った。じんじんと熱いそことは裏腹に、心臓はひやりと冷たかった。

2016/02/23