少し休んで、彼はスーツを脱いでダサい部屋着に着替えた。結局2人でキッチンに立って調理を進める。赤葦くんはちょこちょこ私の腰を撫でたり耳や首筋をかじる。噛みグセ悪いな、こいつ。
「ねぇ、噛むのやめてくれる?痛いから」
「白くて綺麗なので」
「褒めれば許されると思ってるでしょ」
「痛がる顔、好きなんです」
「私は嫌いです」
うまく躾けられていると思ったのに、とんでもなかった。そこらじゅうがむず痒い。
「あの」
「なに」
やっとで調理を終えてテーブル。ちらし寿司に茶碗蒸し、お吸い物も作ったし奮発して買った牛肉は強い火力で焼いて塩で。取っておいたワインも開けてやる。
「いいんですよね」
「なにが」
「付き合うってことで」
「はぁ?」
「違うんですか?」
「付き合いたいの?」
牛肉を口の中で粗略する。彼が焼いてくれたのだが、割といい火の通り方だ。
「付き合ったら、またキスできますか」
「…赤葦くんさぁ、今まで彼女にどう対応して生きてきたの」
「自分から好きになったことがないんです。自分から告白したこともないし」
モテるということを自慢をしているのだろうか。いちいち勘に触る男だ。
「…違いますよ。そんなにモテませんから」
「何も言ってません」
「顔に書いてあります」
綺麗に食事を続ける彼。考えていることを見透かされ、なおカチンとする。
「本当ですって。彼女なんて俺も2年近くいないです」
「特定の人は作らないで遊んでたってか?」
「なんでたまに言葉遣い荒れるんですか」
「むかつくから」
そんな訳がない。彼は控えめに言っても格好いいし、スタイルもいい。性格は未だよくわからないが、キスだって上手い。
「俺、愛想ないじゃないですか」
「そんなことないよ。会社にも馴染んでるじゃん」
「それは仕事なので。精一杯馴染もうと努力していますから」
「ふーん。疲れない?」
「同じことそのまま返します」
学校ではがんばらなかったので、と彼は言った。友達とかいないのだろうか。
「告白されて、かわいいなって思った子と付き合ったりもしましたけど、疲れるので」
「赤葦くんて結構やばいね」
「でも、みょうじさんといると疲れないんです」
微睡んだ表情。こんな顔もするんだよなぁと、整った彼の顔をじいっと見た。
「でも、人を好きになったことがないので、よくわからなくて」
「…どう思ってるの、私のこと」
赤葦くんは今までで一番長い間黙った。幾つも質問をしてきたが、こんなに考え込む彼は初めてだった。
「みょうじさんのことが知りたいんです。これって、好きってことですかね」
そうだとしたら、私もきっと彼のことが好きなんだろうと思った。他にどんな表情を持っているのか、どんな家に住んでいるのが、洋服はどこで買うのか、セックスの時にどんな声を出すのか、日々何を考えているのか。
彼の問いには答えず、食事を続けた。お客様から頂いたワインは、かなり上等なものでつい飲み過ぎそうになる。彼も淡々と食事を胃におさめていた。
2016/02/14