「ごめんね、あんまり綺麗じゃない…」
「いえ、こちらこそ急にすみません」
思ってねぇだろ、と言いそうになったがやめた。最近彼に心を開きすぎている。あくまでも彼は職場の人間だ。弱みでも握られたら困る。
「そっち座って。なんか飲む?」
「俺も手伝いますよ」
「いいよ。お祝いなんでしょ?」
ほら、と促すと彼は大人しくソファに腰掛けた。
私は一旦寝室でTシャツとスキニーパンツに着替える。仕事用の洋服を汚すと面倒だし、もう6月も終わりで気温も高く汗ばんでいたから、というのもある。
赤葦くんのもとに戻って、髪を耳より少し高い位置でポニーテールにしていると、彼から声がかかる。
「みょうじさん、俺も着替えたい」
「えっ、赤葦くんのサイズあるかな」
「ないの?」
「私が着てちょっとおっきいくらいのサイズはあるけど」
「彼氏のは?」
訳のわからない問いに固まる。若い子の間ではこういう謎な質問が流行っているのだろうか。単純にボケなのか、それとも嫌味なのか。
「ないよ」
「泊まりに来ないの」
「…なんなの、そのノリ」
赤葦くんは淡々と質問をぶつけてきた。真剣だから、余計疑問が深まる。
「Tシャツ1枚くらいあるでしょ」
「…レディースのXLがあるかな、見てくるね」
そう言って寝室に向かおうとすると、彼は立ち上がり私の手首をぐいと掴む。つり目がちな瞳で、こちらをじいっと観察する。
「…なに、」
「いいの、俺のこと部屋に入れて」
「前も入ったじゃん」
「あれは事故でしょ。みょうじさん記憶ないし」
「…さっきからなんなの」
赤葦くんは一瞬下を向いて、その後すぐにこちらを見て言った。
彼氏いるのにいいの、って。
私は彼の発言の意味がわからず、脳内で様々な方向から彼の言葉の意味を予測してみるが、その答えはひとつだった。どうやら恋人の有無を聞かれているらしい。やかましい質問だ。見りゃわかるだろ。
「嫌味かよ」
「…え?」
「彼氏なんかいねぇよ。会社入ってすぐ別れたからもう2年ちょっといねぇわ」
「でも、」
「赤葦くんさ、自分がモテるからって調子乗るのやめてくれる?そういう冗談まじで笑えないから」
彼の手の力が緩んで、それをふいっと振り払う。寝室にあるクローゼットをごそごそと探った。パイル素材のハーフパンツは私が履くと膝がまるっと隠れるし、ウエストはゴムで紐で調節できるタイプだから彼でも履けそうだ。おまけに友人が置いていったアーティストのライブグッズのTシャツがどうやらメンズのMサイズ。これなら…なんて呑気に考えてリビングに戻ると正面からきゅっと抱かれる。あまりにも突然のことに、身体が硬直した。
「…ちょっと、なに」
「なんで嘘つくんですか」
「まじで意味わかんないんだけど。頭おかしくなった?」
「皆さん、言ってましたよ。みょうじさんには彼氏いるって」
赤葦くんの言う“皆さん”とは同部署の人間だろうか。私たちに共通する人間はそこしかいないから、間違いはないだろう。また足りない頭で必死に考えを巡らせる。
あぁ、そういうことか。事態を理解し、ゲラゲラと笑う。我ながら品のない笑い声だ。
「ごめん、そうだった。あいつらにはそう言ってるんだった」
「…え?」
「入社した時は彼氏いて、歓迎会で聞かれた時もいるって言った。でもその後仕事忙しくて別れたのを言ってないの。面倒だし説明する義理もないから付き合ってるってことにしてるんだった。ごめんごめん、忘れてた」
ひーひー笑いながらそう言うと、彼は何故か機嫌が悪そうで。
「なにそれ」
「わかるでしょ。あの人たちにプライベートのこと話す必要ないじゃん」
そう言った途端、赤葦くんは私の首筋に唇を触れさせ、ちゅうと吸い付く。あまりにも突然のことに声さえ出ない。じくり、とした痛みの後、彼は口角を上げて言った。
「じゃあ、なに?遠慮しなくていいんじゃん」
バカみたい。
そう言って彼は私の唇にキスをした。
この男は本当にキャラクターが定まっていないようだ。いつもと全然違う彼に、心臓がどくりと跳ねた。
2016/02/14