ミヤギにハマってさあたいへん | ナノ
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「……ナマエ、わかったから。格好いいね、宮城先輩」

声にならない興奮。身体を小さく震わせ、ナマエはたっぷり、それを抱えていた。抱え込めなくなった分を、隣に座る友人の腕をぎゅうっと握って昂る気持ちを発散する。些か力が強く、友人は呆れ顔だ。

* * *


湘北高校も無事、夏休みを迎えることができた。本日は記念すべき夏休み一日目である。宮城は部活ばかりの毎日。それを知っていたので、短期のアルバイトを幾つかスケジュールに組み込んでみたものの、それでも退屈なナマエ。ナマエは、楽しみなことなんてないと割り切っていた。宮城が部活に懸命なことは知っている。それと同時に「超」が付くほど優しいのも知っている。そんな彼に「会いたいです」なんて吐かすのはあまりにも愚かだ。だから、さっさと学校が始まってくれた方が宮城と会うチャンスがあるし、まだマシだと思っていた。しかし、昨日。終業式が終わり、廊下を歩いていると突然名を呼ばれる。振り返ると水戸の姿。隣には桜木。あ、桜木くんにこの間のお礼言わないと。ナマエはそう思って駆け寄り「桜木くんこの間ありがとう」と伝える。ナマエが宮城を待っていたあの夜、何かをしてやったという自覚のない桜木はぽかんとしていた。その後ですぐ「リョータくんと付き合ったんだって?おめでとう」と水戸の声。赤面。「えっ、あ、そ、そうなの。ありがとう」というふわふわした声。付け加えるように質問が飛んでくる。

「明日の練習試合、ここの体育館でやるけどナマエちゃん観に来ないの?」
「えっ?」
「おお、やるぞ、練習試合。観に来いよ、この天才の活躍を」
「知らなかった?ナマエちゃんが応援来たらリョータくん、喜ぶんじゃない?」

大好きな彼の名前にドキッとして、狼狽える。行きたい。そう思うが、でも。

「……でも、私なんかが観に行っていいのかな」

そう答えたナマエに、水戸はいっしゅん、驚いた顔をし、その後で楽しそうに笑う。

「いいでしょ、オレらみたいなのが毎回行ってもなんも言わないんだから」

そう、朗らかに言う。以前から観に行きたいとは思っていたし、彼に伝えたこともある。大歓迎、と言われてはいたが、具体的な日程を提示して「来れば?」と伝えられたことはなかった。あの時のあれは社交辞令だったのかもしれないよな、と思っていたナマエだ。急に行って驚かせたい気持ちを所持していないわけではないが、自分が応援に行くことで彼を困らせてしまうのが一番困る。ナマエは一応、宮城に確認を取る為にその夜、ドキドキしながら電話を掛けた。初めてのことだった。無機質なコール音。出ないかな、まだ部活かな、家着いてないかな。色んなことが頭を巡る。忙しいんだろうな、メッセージにしよう。そう思い通話を遮断しようと思った時、宮城の声が聞こえ、鼓膜を震わせ、いっしゅん、呼吸ができなくなる。

「もしもし?……もしもーし?ナマエちゃん?」

呼ばれた名にじんと、込み上げるものがある。ワタワタとしながらも「洋平くんから聞いたんですけど、明日の練習試合観に行ってもいいですか?」を伝えた。宮城は自分以外の男の名にややムッとするが、可愛い彼女からの頼みだ。断る理由もない。いいけど、ちゃんとオレの応援しててねって、返事をする。

* * *


「ねえどうしよう、なんであんなに格好いいの?」
「ハイハイ、わかったわかった」

そして今日。ナマエはバスケットボールに取り込む宮城に夢中だった。普段も格好いい。なのに、今日はもう意味がわからないくらい格好いい。比喩でもなんでもなく、瞬きをするのが惜しいと思う。いっしゅんたりとも、彼の姿を見逃したくない。熱烈な視線を、体育館のギャラリーから送る。

「ぜったいわかってなっ……え、こんなの他の女の子が見たらみんな宮城先輩のこと好きになっちゃう。え、ていうか好きでしょ?宮城先輩のこと」
「格好いいけどナマエの彼氏だなーとしか思わないし、ここにいる女の子たちはみんな流川くん見てるからダイジョーブ」
「っ、あ!いまっ!いまのみた?!ねぇ、いまっ、いまのプレー!」
「……ナマエ、声大きいよ」
「えっ、あ、っ……ご、ごめっ……えっ、どうしよう、本当に宮城先輩格好いい、え?私いままでなんで試合観にこなかったんだろう。人生最大の汚点なんだけど……」
「……出たよ、情緒不安定。急に落ち込むのやめてくれる?意味わかんないから」
「悔しい……あの子たちは……洋平くんも宮城先輩の格好いい姿をずっと追ってたんだもんね……」 
「……だから、流川親衛隊の子たちは流川くんしか応援してないから流川親衛隊なんだって。洋平くんは桜木くん見に来てるんだし、ちょっと落ち着きなよ」
「どうしよう落ち込んできた……えっ、私宮城先輩と付き合ってるの?そんなことってある?」

試合開始から隣でナマエと友人のやりとりを見ていた水戸は、面白いなぁとずっとじんわり思っていた。しかし、試合後半に差し掛かり、理性が破壊されたのか、いよいよ本領を発揮するナマエが面白くって限界だった。もっとクールで大人しい子だと思っていたのに。ぶはっと声を出して笑い、ひぃひぃと楽しそうに。

「……ナマエちゃんって面白いんだね」
「宮城先輩が関わると人が変わるんだよね、この子」
「……洋平くんずるい、こんなのずっと見てたの?」
「まぁそうだけど」
「ずるい、私、宮城先輩がバスケ、こんなに上手くて格好いいなんて、いま初めて知ったのに」
「……それ、リョータくんに言ってあげなよ。たぶん喜ぶと思うよ。あ、ほら、試合終わるし」
「えっ、もう?えー……もっと宮城先輩見てたい……一生見てたい……」
「なに言ってんのほんと」

ぴぃっと、試合終了のホイッスル。試合開始からずっと、水戸はじんわり、宮城に睨まれているのを感じていた。可愛い彼女の隣に自分がいるから気に食わないのだろう。こんなにもアンタに夢中なんだからそんなに睨まないでくださいよ、と言ってやりたいほどだった。試合中なのでもちろん、それは難しいが。

「終わったら会うんでしょ?下降りようよ」
「えっ、無理無理無理。格好良すぎる、無理、今日は会えない」
「は?彼氏でしょ」
「知らないもん、あんなに格好いいなんて……元々もう無理ってくらい格好よくて最近やっとちょっと慣れてきたのに何してくれてるの?」
「なんで怒ってんの」
「ナマエちゃん、リョータくん呼んでるよ」

宮城は落ちる汗をタオルで拭いながら、ちょいちょいっと手招きをする。早く行きなよ、と友人に急かされるが「あまりにも格好いい宮城先輩」に会うなんて、今のナマエには困難なわけで。

「呼んでるってば、宮城先輩」
「だから、っ……無理なんだもん、なんであんなに格好いいの?みんな好きじゃんあんなの、」
「……あーあ、宮城先輩こっち来てくれるよ。試合終わりで疲れてるだろうに」
「えっなんで?!」
「ナマエが呼んでるのに降りて行かないからに決まってるでしょ」
「やっ、無理、だめ、会えない、こわい」

ひょいっと、友人の身体に隠れる。彼女たちの元へ到着した宮城は、ばればれのかくれんぼをするナマエの行動の意味がわからず、解説を求め、水戸の顔を眺めた。察しのいい彼はさっさと回答をくれてやる。

「リョータくんが格好良すぎて無理なんだってさ」
「…………は?なにそれ」
「宮城先輩過激派なんですよ、この子」
「あ」
「え?」
「ごめんね。たまに昼休み、急にナマエちゃんお借りして……お礼言いたかったんだ。いつもありがとう」
「え、あ、ぜんぜん……いつでも借りてください」
「今日も観に来てくれてありがとね、暑いのに」

急に視線を向けられ、話しかけられた友人は突然の謝罪と謝意に唖然とする。あ、私、認識されてたんだ。まともに顔を合わせたの、あの体育館での一回だけなのに。イエ、トンデモナイデスと答えつつ、若干ナマエの心情を察する。二年の男子にはない格好良さが、この人にはある。

「……ナマエちゃん」
「ナマエ、いい加減に、」
「なんでそんなに格好いいんですか宮城先輩」
「……え?」
「格好良すぎて無理です、ちょっと落ち着くまで待っててください、あんまり落ち着ける気がしないんですけど」
「うん?」
「宮城先輩のバスケしている姿を今まで観に来なかったことがナマエの人生最大の汚点らしいですよ」
「人生……?どういうこと?」
「なっ……ねえ、いちいち宮城先輩に報告しないでよっ……」
「ずっとリョータくんが格好いいって大興奮だったんすよ、たまに落ち込んでたけど」
「……なんで落ち込むの」
「こんなに格好いい姿を私は何で見逃してたんだろうー、って。すげー面白かったよ。動画あるけど見る?」
「え、なに、見たい」
「ちょっ、どっ……動画?!洋平くっ……いつ撮ってたの、やめて、やだ、ぜったいダメ、宮城先輩に嫌われちゃう」

ようやく姿を現したナマエ。ユニフォーム姿の宮城は、人生二度目だ。試合の後だからか、いつもより乱れた髪。まだ引くことのない汗が次々滲んでいる。先程までのプレーが頭にこびりついている。格好いいがたっぷり蓄積していたわけだが、本人を目の前にしてそれがパンっと弾けて泣きたくなるほどだった。どうしよう、私の彼氏、ありえないほど格好いいんですけど。この人と付き合えるなんて私、世界で一番幸福なのでは?側から見ると彼女は異様だが、冗談でもなんでもなく、心の底からそう思っていた。

「お、おつかれさま、でした」
「ん、」

先に降りてるね、と。そそくさっと、二人は離れていく。茶化すだけ茶化し、満足したのだろう。狼狽えるナマエのことなど知ったこっちゃない。あまりにもさっさと姿を消すものだから、宮城はもはや感心していた。空気読めすぎるだろあの二人。

「……あの、っ……かっこよかった、です」
「……そりゃドーモ」

先程まではギャラリー席も賑やかであったが、もうほとんど人気はない。試合も終わった。女生徒をかき集めている流川ももう体育館から姿を消した。この蒸し暑い中、これ以上ここに残っている必要もない。この二人以外は。

「あの、」
「ナマエちゃんもかわいーね、私服」
「えっ……え、あ、ありがとう、ございます、みやぎせんぱいのほうが、かっこよかった、です……?」

貰えると思っていなかった言葉に、ナマエは非常に、驚いていた。彼女を喜ばせた宮城の言葉は、事実ではあったが、嫌味でもあった。彼はじんわり、怒っていたのだ。華やかなチェック柄が目を引く、緩いシルエットの淡いイエローとパープルのキャミワンピース。つまり、見たことも触れたことのないナマエの白く柔らかな二の腕も、鎖骨も、剥き出しになっている。その隣に水戸は四十分間、居たわけで。男ならぜってえ見るだろこんなの。夜の学校にも一人で来るし、危機感とかねえのか、この子。

「ちゃんと見てた?」
「え?」
「オレのこと、ちゃんと見てた?」
「っ、見て、ました。ずっと宮城先輩だけ、見てて……宮城先輩から、目、離せなくて、っ」

苛立ちつつも、やってくる可愛い言葉は擽ったい。ぐうっと腕を引き、宮城はナマエを包む。試合終わりだからだろうか。彼のはやい鼓動がナマエの身体に伝わってくる。ふわっと巻いた髪を彼がぐしゃぐしゃと撫でてくれる。宮城の胸の匂いをたくさん吸い込む。どうしようもなく、幸福だと思う。

「あ、……ごめん、ぜったい汗臭い」

宮城は今更ながら自分の体臭を気にして謝罪をし、引き離そうとするが、ナマエはポカンと、不思議そうな顔をする。好きです、とまた、言う。

「……みやぎせんぱい、出会った時からずっと、いい匂いです」
「は?」
「宮城先輩の匂い、好きです。いい匂い」

そう言ってまた、顔を埋める。謝罪に対して顔を赤くしつつそう主張するナマエに、宮城はまた素数を数え始めた。そして、きゅっと抱き寄せて気付く。おいおいおい、めっちゃ背中出てんじゃん。肩甲骨、丸見えなんですけど。いや、なんか色んな紐が肩を、首を巡っているとは思っていたが、どうなってんだよコレ。宮城は無意識に、すべすべのそこにそおっと手を伸ばしていた。つつつ、と指を滑らせる。びくっと反応したナマエが「ひゃっ、」と可愛い声を出し、我に返る。

「っ、ご、ごめんっ」
「あ、いえ、っ……ごめんなさい、へんなこえ、出して」
「……どーなってんの、これ」
「え?」
「背中、紐」
「あ……このワンピース、ネットで買ったんですけど、背中空いてるの気付かずに買っちゃって……こっちの下の方も空いてるんです」

ナマエはくるっと背に手を回す。ここ、と教えてくれる。背中の下半分から腰の辺りまでカッティングされている。きっとワンピース一枚で着ると剥き出しになるだろう。どういうデザインなんだよ、女子の洋服ってよくわかわねえな。宮城は頭を悩ませる。

「だから中に一枚キャミソール着てて、その上に、ワンピース着てるんですけど、……ワンピースのシルエットがふわっとしてるから、インナーは華奢なキャミソールとかにした方が可愛いって、サイトに書いてあっ……ん、んっ、みやぎせんぱ、っ」

もう一度、なぞる。しっとりとした肌が指先に心地よい。

「……あのさ」
「……はい、」
「上、なんか羽織りなよ」
「っ、ごめんなさ、お目汚しを、」
「そうじゃなくて、……みんな見ちゃうでしょ、こんなの」
「……宮城先輩が、暑いから涼しい格好で来なよって言ってくれたんじゃないですか」
「……いや、言ったけどさ」
「いちおう、カーディガンあります。でも、暑いんですもん。あと別に、誰も見ないです」
「…………オレ、めちゃくちゃ見てるよ」
「見ていいですよ」

こういうの好きかなって思って、それで着てきたから、見ていいです。見て欲しいです。
ナマエがそう続けるものだから、宮城はいよいよどうでもよくなってくる。試合後で頭が回っていないせいだろうか。考えるのも面倒になって、口論を放棄した。それをいいことに、ナマエはずけずけと、言葉を続ける。

「それに、みんな見ちゃうでしょ、は私のセリフです。宮城先輩なんでそんなに格好いいんですか?」
「は?」
「っ、かっこよくて、なんかもう……意味わかんないです。みんな宮城先輩のこと好きになっちゃう。ずるいです、こんなに格好いいなんて……わたし、すきです、宮城先輩のこと」

どうしよう、本当に大好き。好き、大好き。
宮城にぎゅっと抱きついて、ナマエはそればかり狂ったように繰り返す。宮城はぽかんとしてしまう。なにこの子、ぜんぜんオレの話聞いてねーじゃん。オレ、さっきまでちょっと怒ってたんだけど。なんかどうでもよくなってきたわ。言葉を失う。どの単語を選んでどう組み合わせたらいいのかわからない感情に襲われたのでとりあえず「ありがとう」と言っておくが、それでもナマエは宮城から離れない。離したくなかった。離したら、彼が自分の手の届かないところに行ってしまいそうだったから。

「……ナマエちゃん、帰ろーよ。送ってく」
「…………もうちょっとだけ」

あと、三分だけ。一分でもいいです。
どうやら、もう少々解放してもらえないらしい。
に、さん、ご、なな、じゅういち、じゅうさん、じゅうなな、……じゅうきゅう、にじゅう、さん?
あーあ、考えんのもめんどくせぇ。つーか、見ておかねえともったいねえ。そう思い、腹をくくって白い肌を目に焼き付ける。そおっと髪を撫でてやる。ちゅるっと巻かれた毛先を指先で弄る。コレもオレのための努力だろうか。宮城はそう自惚れ、じわっと汗ばむ小さな背中を撫でた。

2023/04/30