シンデレラ・ボーイ | ナノ
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「あの、すみません」

試合終わったらそのまま待ってて。連絡するから。
昨日、流川くんからいただいた指示だ。だから、今日も格好よかったなぁと彼のプレーを思い出し、二階席でぼんやりしていた。
あれ以来だった。彼がバスケットをする姿を見るのは。相変わらずの煌めき。眩くて、つい目で追ってしまう。前回同様、あっという間に試合は終わる。

「前も試合、観に来てましたよね?

彼を想い、ぼおっとしていると、彼女たちが声をかけてきた。迷いを含んだ声だった。なんだろう、と疑問に思う。彼からの一報を今か今かと待ち侘び、手に握っていたスマートフォン。それがようやく、ムーッと震えた。あぁ、たぶん、流川くんだ。一刻も早く繋げて、伝えたい。凄いね、今日も格好良かったね、スリーポイント決めてたね。でも、いま、このタイミングは、誰がどう考えてもよくなかった。そして、彼女たちからの温かいとは言えない視線に気付き、あぁ、と納得する。この子たちが私に話しかける理由なんて、あの少年のことしかないのだ。私、何か、落としたわけでもないし。

「その時、流川くんと話してませんでしたか?」

おおかた予想していた質問だった。音としては理解できるが、意味がわからず、そしてどうしても自分に向けられているとは思いたくなかった。真っ先に、浮かんだ。彼女たちは流川くんと同じ高校に通っているのだろう。私がここで下手なことを言えば、月曜日にはあっという間に校内に充満するのだ。高校生って、そういう生き物なのだ。その為、上手い答えを模索し、反応が遅れる。

「どういう関係ですか?」

どういう関係ですか、だって。そんな台詞、恋愛ドラマの中でしか聞いたことがない。どう答えるのが正解か、わからない。たぶん、安牌なのは「ただのファンです。流川くん格好いいですよね」と伝えることだ。私は貴方たちと同族ですよという顔で、余裕をたっぷり滲ませ、にっこり微笑むことだ。でも、それさえも言うべきではない気がする。そしてなにより、もう、ただのファンとは言えなくなっていた。嘘をつきたくないと思っている自分がいる。あの日、あの約束をした日から、彼はキチンとルールを守りながら私と繋がっていた。ルールの範囲内だというのに、私は「好き」という感情を排除することに必死になっていた。どうしようもないルールを設立してしまったものだと、落胆するほどに。

「……流川くんと、付き合っ、」
「あ、違います、それはぜったい、ないです」

耳に届きかけた言葉に、ゾッとした。恐ろしさのあまり、発言を最後まで聞くことができず、無理やりこちらの声をねじ込む。そして、流川くんと私が付き合うという選択肢が、この子たちの中に存在することに驚いた。付き合うはずが、……付き合えるはずがないだろう。

「ぜったい、ないです」

私は意地悪なので、思ってしまう。私に話しかけている暇があるなら、もっと神に感謝し、祈りを捧げた方がいい。流川楓と、だいたい同じタイミングで生まれてこれたのだから。私がこの先、どんなに努力しても、大金をはたいても、涙を流して懇願しても、手に入れられないものを既に、持っているのだから。

「付き合ってないですし……流川くんとはちょっと知り合いなだけで……あ、あと私、彼氏いるし」

ふっと思い出したのは、最近会っていない恋人のことだ。やや懐かしい気持ちさえ抱く。あ、これか。切り札のようにそれを告げた途端、彼女たちは安堵の表情を見せ、その後でぽっと頬を染め、そして一瞬で怯えたように縮こまる。あ、まさか、と思う。振り返る。

「電話、気付かなかなかった?」
「……電話?」

気付いてたよ、すぐに。でも「ごめんね」って言っても「気付かなかった」と言い訳しても、この子たちに伝わってしまう。流川くんの連絡先知ってるんだって、知られてしまう。
待ちくたびれたのだろう。いつの間にか背後に彼がいて、怒りが滲んだ冷たい声で、彼女たちに向けて吐いた。

「……この人に、なんか用?」

向ける視線は鋭い。あぁ、これはあまりよくないな。彼女たちを敵に回してはいけない。彼の月曜日が心配になる。さっさと、ここを去らねば。

「流川くん、試合お疲れ様」

にこっと笑み、彼のユニフォームの裾を引っ張って言ってみるが、彼の怒りのボルテージに特に変化はなさそうだ。女の子たちは何も言わない。流川くんはそれを咎めないが、それならと私に質問が飛んできた。

「なに話してた?」
「ん?流川くんかっこいいよねって話してたんだよ」

ねえ?って彼女たちに同意を求めると、驚きつつもゆっくり頷いてくれる。流川くんを怒らせてしまった、ということが作用しているのだろう。そうそう、それでいい。空気、読めるじゃん。

「なまえさんに」

あ、大丈夫、私は平気だから、余計なこと言わないで。
それが一瞬遅れたのは、たぶん、よくない期待をしていたからだ。なにを言うか、なんとなく予想がついた。なのに、止めなかった。ギャフンと言わせて欲しいと、心の奥底で思ってしまっていたのだ。ほんっと、大人気ない大人だ。

「なまえさんに話しかけないで」

じわじわ、嬉しくなる。でも、彼を肯定するわけにはいかない。こんなの、流川くんが私のことを好きみたいだから。

「困ってる」
「……流川くん、私、別に困ってないよ」
「す、すみませんでした」
「え、いや、ちがっ……ぜんぜん、気にしないで。本当になんでもないからっ、」

流川くんはとうとう私の肩を抱き、彼女たちと私を引き剥がす。私も早く立ち去りたかったが、こういうことじゃない。そんな私は放って、彼はずんずん、歩く。どこに向かっているのかもわからないが、すれ違う人たちが心なしが騒ついているのを感じる。たぶん、こんな感じだ。
湘北の流川、よくわかんねえ女連れてるぞ。
その類だ。おいおいアレちょっと見てみろよ、と後ろ指刺される感じ。私が流川くんの価値を下げている感じ。

「っ、ちょっ……流川くん、」

そうだよね、わかるよ、私は流川楓の隣に相応しくない人間だよ。自分でわかってる。なのに、この子だけは私を愛おしそうな目で見つめるのだ。お願い、そんな目で見ないで。貴方から離れなきゃいけないのに、離れたくなくなるから。

「へいき?」
「え?」
「なんかされた?」
「…………ううん、」

いつもの、小生意気な声。彼は周りの視線など全く気にならないのだろう。その代わり、私のことを気にしていた。嬉しかった。

「ほんと?」
「うん、なにもされてない」
「じゃあ、なに話してたの」
「…………流川くんと、……流川くんとどういう関係ですかって聞かれたの。この間、試合の後、話してましたよねって」

難しい質問だよね、どういう関係ですかって。友だち、ではないでしょ?知り合いっていうのはなんか、ちょっと冷たいし。恋人ではないし。なんなんだろうね。
私がそこまで発言すると、なにか、ハッと思い出したようで。ぐっと私の腕を引き、ロッカールームへと連れ込んだ。突然のことに、声も出せない。お行儀よく整列するロッカーに背中、正面には彼。いわゆる壁ドンのような状態。些か距離が近い。

「なまえさん、彼氏いるの」

あ、聞こえてたんだ。じゃあちょっと、都合がいいかもしれない。言い訳になる。流川くんが、私を嫌悪する理由にもなる。

「ていうか、ここ、人、来ない?大丈夫なの?」
「だいじょうぶ。たぶん、まだ誰も来ない。いいからちゃんと答えて」
「……いる。いるよ、彼氏」

そう告げるといつものように「なんで」の三文字が届く。その「なんで」は「なんで言ってくれなかったの?」だろうか。それとも「なんで俺のこと好きなのに彼氏がいるの?」だろうか。とりあえず前者ということにして、答える。

「だって、聞かれてないもん」

苛立ちのような、困惑のような、ごちゃごちゃっとした感情を抱いた彼が、目の前で、綺麗な瞳で私を見つめる。私も負けじと、彼の目を見て告げる。残酷なことを、彼を傷付けることを、わざと言う。

「ていうか、流川くんには関係ないじゃん。私たち、付き合うはずないんだし……私に彼氏がいようがいまいが、どうにもならないんだよ」
「好きだけど」
「だから、それは、」

何回言えばいいんだ。何度伝えれば、わかってくれるんだ。いつになったら、離れてくれるの。早くいなくなってよ、どうせいなくなっちゃうんだから。私になんて、飽きちゃうんだから。

「オレ、なまえさんのことこんなに好きなのに関係ないの」

彼の指先が私の唇を撫で、顎を掴む。なにしてるの、と問うよりも早く、彼は屈み、私の唇と己の唇を触れ合わせた。そして言う。もっと、こういうことしたい、と。

「なのに、これも好きじゃないの。つーか、なんでオレがあんたを好きかどうかを、あんたが決めんの」

流川くんは怒りを滲ませながら言ったが、私だって怒っていた。わからずやの彼に、腹が立つ。

「だから、言ってるじゃん。ダメなんだってば。覚えてる?私と流川くん、歳、幾つ離れてるか。七歳だよ?私、二十二歳で、もう大人で……なのに、十五歳の男の子のこと好きになるなんて、真面目に付き合うなんて、そんなの、許されないんだよ」

そう、絶対に許されない。なのに、好きなのだ。いまだって、彼からの突然のキスにドキドキしている。そんな自分に、一番、怒りが込み上げる。腹の底から、湧き上がる。「なに考えてるんだ」って。

「流川くんは子どもだから、そんなこともわかんないんじゃん。こっちの気も知らないで、勘違いのくせに、好きだってそればっかりで……私は大人だから、流川くんのことを好きじゃないことにしなきゃいけないの。流川くんが私のことを好きだって言い出したら、それは違うよって言わなきゃいけないの。なんでそんなこともわかんないの?」

ずらずらっと、溜め込んでいたものを吐き出した。後半はもう、声がぶるぶると震えていた。でも、これが唯一、この子の為にしてやれることだ。「え?ほんと?私も流川くんが好き、付き合おう」なんて、語尾にハートマークをつけて彼を抱き締めるのは簡単だ。私もぜひ、そうしたい。そうできたら、幾らか楽だろうと思う。ただ、自分の中の「まともな大人」がまだギリギリ、生きているから。

「…………よくわかんねーけど」

私の演説は特に彼に響かなかったらしい。その代わりに「じゅうはち?はたち?」とふたつの年齢が飛んでくる。なんのことかわからず、流川くんを睨む。

「なまえさんの言う大人がなんなのか知らないけど、それまで待ってる。オレが大人になればいいんでしょ」
「……なに言ってるの、」
「三年でも……五年?でも、なまえさんのこと、待ってる」
「そしたら、わたしっ、」
「歳はどうでもいい。どうにもできないってわかったから」

別に何年経っても、あんたのこと好きだから。
投げられた言葉に、唖然とする。プロポーズに等しい言葉だ。それが、十五歳の彼から届く。意味がわからなくて、泣きそうになる。

「…………なんでわたしなの、」
「ん?」
「なんで私なんかのこと、好きになるの」

ファンの子、あんなに可愛いじゃん。選び放題でしょ。「私みたいなの」どころか、私よりも可愛くて優しくて流川くんのこと大好きな子、いっぱいいるじゃん。

「なのに、なんで私なの」
「……泣いてんの?」
「誰のせいだと思ってんの」

流川くんは気まずそうな表情を見せる。肩に掛かっていたタオルを、私に寄越す。それの端っこで、私の濡れた頬を拭う。

「…………なんでかは知らない。ごめん。でも、こういうことしたいと思うの、なまえさんだけ」

そこまで発言し、彼はまた私に口付けた。叱られないから、味をしめたのだろう。何度か触れ合い、そっと離れ、また触れる。そんなのを数回、繰り返す。むわむわとした空気が、私と流川くんを取り巻く。それを一掃したのは、ガチャっと突然、開いた扉だった。あ、赤い髪の子だ。非常に驚いた顔だ。

「なっ……!」

一瞬のことだった。しかし、その一瞬で全てを察したのか、すぐにバタンと閉まる。あぁ、ここ、もしかして流川くんたちのロッカールームなのかもしれない。彼からの可愛らしいキスで機能しなくなった頭で思った。あ、いけない。我に返り、その後ですぐ、彼を突き放す。どう考えてもそういうことをしていた男女の空気感が、今の私たちにはあったから。ていうか、実際、してたし。

「……だれ?」
「髪、赤い子……はなみち?くんだっけ?ていうか、人、来たじゃん」
「たぶんって言った、オレ」
「……もう」

廊下から、オロオロとした大きな声で「キツネが!女性を!拉致しています!」と、あまりよくない表現の言葉が聞こえる。あぁ、これは弁解をしないといけない。

「……適当に言い訳するから、流川くんは余計なこと言わないでね」
「余計なことって?」

再び、彼が私にキスを落とす。こういうことをしてた、ってことに決まってるでしょ?そんなことも言わないとわからないのか。
ほんともう、どうしようもないな。この子も、私も。

2023/04/05