さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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「黒尾、彼女できたってまじ?」

教室。最近よくぶつけられる質問。その度に「できてないよ」と抑揚なく答えているつもりだ。毎回、声のトーンが不自然だったり焦りが滲んでいたりしていないか不安になって、心臓に悪い。だからなんの前触れもなく問うてくるのは、是非、勘弁いただきたい。 

「え、じゃああの子なに。手振ってる」
「後輩」
「いや、そりゃ見ればわかるけど。付き合ってねえの?」
「付き合ってないねえ」
「なんで」
「なんでって言われましても」

なんか色々、丸潰れなのだ。あの蒸し風呂のような体育館で彼女を助け…たつもりはないが、まぁそういうことになっていて、幼馴染を介して連絡先を交換し、なまえちゃんの存在を認識。その後は廊下ですれ違えば多少のコンタクトを取っている。購買で当たり前のことをすればまた必要以上に感謝され、それから週に一回昼休みを共有する。で、その初回に、好きだと言われた。まぁ正直、多少なりともその類の気持ちがなければ連絡先を聞いてくることもないだろうし、察してはいたが、こんなに早く「好き」を寄越すとは思っていなかったので。乱されているのだ。もうちょっと待ってくれれば、自分の思うようにできたのに、先手を打たれたもんで、どうも狂っている。調子が。

「可愛い子じゃん」
「なに、ちょっとぉ、勝手に見ないでよぉ」
「んなこと言われても視界に入るじゃん。手ぇ振ってる時、お前、ニヤけた顔でニコニコしてるし」

おふざけはここまで。飲んでいた薄ピンクの液体を吐き出しそうになる。二人きりで過ごす昼休み三回目は、このいちごミルクをご馳走になった。まさかもう用意してこないだろうと思っていたが、その予想は外れ、あの頑固な女の子は律儀に飲み物を買ってくる。そんなことしなくていいのよ、と言っても聞き入れてもらえないらしい。咳き込みながらいやいやちょっと待ってくれよと友人に問う。

「いや、逆にアレで付き合ってないってどーゆーことよ」

こっちが知りたかった。あんな風に体内から「私、貴方のことが好きです」を放っている人間と対峙したことがない俺だ。そもそもお恥ずかしながら、付き合うとか、そういうことをしたことがない。いつの時代だよと笑われそうだが、今はバレーボールでいっぱいいっぱいなのだ。告白みたいなことは数度されたことがあるが、話したこともない女の子と男女交際をするイメージはわかなかったのでお断りしてきた。

「は?俺、ニヤけてんの」
「そりゃあもう。元気のいいバレー部の後輩とすれ違った時なんてうんざりしてんのに」

まぁ男の後輩と可愛い女の子とを天秤にかけるのも変な話だけどな、と。友人はそう言うと「やべ、課題のプリントやってねえんだ」なんてぼやきながら何事もなかったかのように席に戻った。いやいや、言うだけ言っといて放置?勘弁していただきたいんですけど。俺、余裕たっぷりの格好いい先輩でいたいのよなまえちゃんの前では。彼女を見ると助けてやりたくなる。守ってやりたくなる。大事に包んで、できることはなんでもしてやりたくなる。これは好きってやつなんだろうか。それとも母性?いや、高三のこんなでっかい男が母性って、それは変な話だろう。ズズズ、と音を立てながら口内に侵入してくるいちごミルクは、久しぶりに飲んだせいか彼女からいただいたせいか、途轍もなく、甘い。

***


で、なんで今日に限って部活休みで、こうやって放課後に約束しちゃってんのよ。タイミングが悪い、と一瞬思ったが事前に知れたのでこれはこれでよかったのかもしれない。彼女を前にすると自分の顔が蕩けてるだなんて、俺の理想の「余裕たっぷりの格好いい先輩」からかけ離れている。たまったもんじゃない。

「で?どこがわかんねえのよお姉さん」

テスト期間でもないので、自習室はすっからかん。ふたりぼっちが作用しているのか、彼女は相変わらずまごついて話す。言うまでもなく、愛らしい。

「ずっとわからなくて」
「やばいねえ、それは。どっから?」
「今授業はここやってて、……っと、この辺?から?」

ほっそい指が教科書をペラペラと捲る。絡めたいと思ってしまって、自分の煩悩を殴り倒す。

「……あ、でもこの前もわかんない、かもしれないです」
「わからないところがわかんないのはまぁまぁやばいですね」
「すみません本当、貴重なオフなのに」
「いいのよ、どうせ暇だから」

何かの話の流れで、授業についていけないと溜息。聞けば少し前から数学がさっぱりわからないと言う。二年の数学の内容を覚えているかは不明だが、苦手な科目でもないので教えられるのではないかと、格好つけられるのではないかと今日を取り付けた。アピールタイムが欲しいのだ。別のフロアで生活する俺は、彼女に近付く機会が少ないから。

「んー……ここは?この問三はわかる?」
「これ、は……ちょっと待ってください」
「どうぞごゆっくり」

小さな手が地味なシャープペンシルを握り、さらさらとノートの上で動く。止まる。あ、わかんねえんだなと悟る。

「これ、こっちの数式使うのはお分かり?」
「……わか、り、ます」
「嘘はだめよ」
「すみません、あんまりわからないです」
「何の遠慮してんのよ」
「バカだなって思われたくなくて」
「なにそれ、ウケる」
「嫌われたくないんです、黒尾先輩に」

そんな心配しなくても。嫌うどころかもう殆ど、好きだから。
そう言ってやればいいのだろうか。うーん、でもなぁ、なんかそれって、違う気がするんだよなぁ。完全にアクションを起こすタイミングを見失っている。もっと戦略的に動きたいんだけどなぁ。一つ歳下の彼女がトリッキーなもんで、やっぱりどうも、上手く立ち回れない。

「勉強できないくらいで嫌ったりしないよ」
「じゃあ、苦手なタイプとかありますか」
「え?」

ほら、まただ。あのねえ、君、結構初期から躓いてるから頑張ってやらないと今日一日じゃ挽回できないよ?そう言うのが正解なのだろうが、じいっと見つめられて、思考が停止する。苦手なタイプ、という質問の意味もあまり理解できない。黙りを決め込む俺に不満を覚えたのだろう。それなら、という感じでなまえちゃんは再び質問をぶつけてきた。

「じゃあ逆に、黒尾先輩はどんな女の子が好きですか」

あぁ、言ってしまえばいいのかもなぁ。コレ、もうフリみたいなもんでしょ。海馬が心理戦を放棄した。彼女の名前を呼ぶ。はい?って、彼女は質問の答えを待ってる。もう俺、答えたのに。

2020/12/04