さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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「どうしたの」
「どうした、っていうか」
「なに」
「くろおせんぱいと、いっしょにいたんだけど」
「黒尾さんと?!」

それで、なんか勢いで好きって言っちゃった。
友人にそう零せば、教室中に「はあ?!」と驚愕と多少の怒りを染み込ませた声が響いた。普段なら声大きいよ勘弁してよと注意するところだが、この案件に関しては完全に私に非があるので黙る他ない。五時間目のスタートを知らせるチャイムが鳴り響いて、私は友人に後ろ髪引かれながら席についた。どういうこと?と問われたが、私もどういうことなのか知りたかったので質問に答えることはできなかった。

こうやって教室に虚ろな気分で戻ってくる少し前。つまり、昼休みが終わりかけた頃。「つーか食わないの?あと十分で休み時間終わるけど」と、黒尾先輩は親切に教えてくれた。だがしかし、私の喉は食物を通す余裕などなく。後で食べますと、私はそれを胃に収めることを諦め、古びたベンチから腰を上げた。「そろそろ戻らなきゃですよね」なんて、思ってもないことを一応口にした。五時間目は先週から全く着いていけなくなった数学だし、黒尾先輩ともっとこうしていたい。でも、チャイムに支配されているこの校内。教室に戻りたい気持ちなど毛頭ないが、戻らなければならなくて。黒尾先輩も立ち上がり、来た道を二人、特に会話もなく。じゃあここでって廊下で別れた。黒尾先輩はまたねって、また、手をひらひら振ってくれた。私は彼に手を振ったのか振っていないのか、思い出せやしない。

そして、放心状態の五時間目はいつの間にか終わった。新しい数式に追いつくどころか、完全に突き放されてしまったが、仕方がない。いや、来週小テストとか言ってたし、仕方なくないのだけど。でも、脳内は彼のことと先ほどのことでいっぱいで、どうすることもできないのだ。

「ねえ!どういうこと?!」

瞬く間に彼女は私の席にやってきて事情聴取を始める。いっぱいいっぱいだった私は彼女の質問に助けられながら、ぽつりぽつりとひとつずつ吐き出す。

「どういうこと、って」
「昼休み、黒尾さんといたの?」
「うん」
「なんで」
「なんで……なんか勢いで」
「それも勢いで済ませる気?」
「……購買で、偶然会って」

パン買ってもらって、一緒に食べる?って言われて、それでなんか、と。支離滅裂な昼休みを彼女に説明する。合間にたくさんの質問を浴びたが、上手く答えられる筈もなく、あっという間に十分が過ぎて、六時間目がお出迎え。現代文、担当教師は時間通りにやってきた。話の全貌を聞けなかった彼女はあぁもう!と焦ったそうだ。授業が始まって、相変わらずこれっぽっちも集中できなくて、黒板をたまに眺めつつ、窓の外を見てぼおっとしていた時だ。スカートのポケットにしまっていたスマートフォンが震える。黒尾先輩からで、ぶわっと、顔が、身体が、全部が熱くなる。メッセージを確認する。昼飯、ちゃんと食べた?って、母親のような一文。嬉しいのと擽ったいのと恥ずかしいのとで、笑ってしまいそうになって。鞄の中にしまった齧り掛けのたまごサンドと放置されたクリームパンは、彼と別れた時のままの形を保っていた。ありがたいことに席は後方、ササっとスマートフォンを操作したって、誰からも咎められない。
「まだ食べてないです」と「さっきはありがとうございました」をポンポンっと、送信してしまう。机にうつ伏せる。思い出すのは、どうやったって、夢のような昼休みだ。

***


「おぉ、忘れてなかった」

忘れられる訳がないだろう。水曜日、私がそこに行くと黒尾先輩が居て、この現実の意味が、よくわからなかった。

「じゃあ明日ね、みたいな会話なかったから。忘れてんじゃないかって若干不安だったのよ」
「私もです」
「え、じゃあ言ってよ。これから向かいますね、とか」
「だって、」

貴方が来なくなって、私は文句の一つも言えないんですよ。この状況、未だによくわからないので。黒尾先輩が私のことを待っているなんて、想像し得ない世界なので。

「私は、その……黒尾先輩に会いたいから、」
「相変わらず可愛いこと言うね、隣どうぞ」
「……ありがとうございます」
「弁当箱ちっさ。足りんの?」
「たりな、い…んですけど、足らせてます」
「ふふ、素直でよろしい」

この一週間、私の「好き」は特に作用していなかった。今まで通りの、先輩と後輩のなんでもないやりとり。私は「黒尾先輩は私のことどう思ってるんですか?!」なんて問い詰めたりしなかったし、彼も私の失言に近いそれについて触れることはなかった。廊下ですれ違えば大きな手が揺れる。私はぺこぺこ、頭を下げる。それを見て黒尾先輩が笑う。そんな、なんでもない、幸福な一週間。

「これ、飲んでください」
「え?なんで?」
「この間の、」
「……なまえちゃん頑固だね〜、黙って奢られてればいいものを。うちの後輩なんてしょっちゅう集ってくるよ?」

私だって貴方にそうやって可愛く甘えられたらいいけど、嫌われたくないの方が大きいのだ。失礼な奴って思われなくない。こいつ常識ないなって思われたくない。我儘で横柄な奴だって、嫌われたくない。

「ありがとね。ごちそうさま」
「いえ、寧ろすみません。何がお好きかもわからなくて…部活の時にでも飲んでいただけたら」

五百ミリリットルのスポーツドリンク。運動部の彼ならどうにか消費してくれるだろうと、一応それなりに頭を悩ませ先週同様ここにくるまでの自動販売機で購入したのだ。おかげさまでまだひやりと冷たい。

「元気にしてた?」
「はい」
「先週よりは緊張してない?」
「っ、えっと、あんまり、変わらないです」
「あらら」
「黒尾先輩、慣れてますよね」
「何に?」
「私への対応に」
「いや、まぁ、俺もそこそこ緊張してるけど……なまえちゃん見てると俺がしっかりしなきゃなぁと思うよね、なんか、本能的に」

彼の言葉を脳内で処理する。黒尾先輩もそこそこ緊張している。なんで?私が見知らぬ後輩だから?女だから?まだ知り合って日が浅いから?候補はいくつか見つかるが、彼の緊張の原因がどれかを確かめる勇気を私は持ち合わせていない。ちなみに、私は黒尾先輩のことが好きだから、会う度に緊張する。「ちなみに」「私は」の話だけど。

「食べないの?」
「え、いや、食べ、るんですけど」
「また昼休み終わっちゃうよ」

とろんとした、柔い表情でこちらを揶揄うように。また、言いそうになる。好きですって。彼を困らせるだけだから言わないけど、言いたくて仕方がなかった。 

2020/12/03