さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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「お前、前に付き合ってた子とどこまでヤったの?」

随分と行儀の悪い会話だ。昼休み、本日は残念ながら週の始まりの月曜日。彼女との時間は設けられていない。そんなに会いたいのなら毎日一緒に過ごそうと伝えればいいような気がしないでもないが、彼女には彼女の人間付き合いがあるわけで、そういうのって男よりも女の子の方が複雑そうだから、なかなか口を出せずにいる。気を遣っているんですよ。嫌われたくもないし、器の小さい男だと、独占欲の強い男だと思われたくないので。格好いい、余裕のある黒尾先輩でありたいので。

「あの、二年の大人しそうな子」

多分、あの「二年の大人しそうな子」はなまえちゃんのことだ。品のない質問を浴びた当人……あの、蒸し暑い体育館で彼女に睨まれていたこの元彼氏は勿論、クラスメイトの誰もが、俺とあの子が付き合っているのを知らない。なあ黒尾、気になるよな?はい?何でこのタイミングで話を振るかね?もしかして付き合ってんのバレてる?だとしたら性格悪すぎるでしょう、この人たち。

「付き合ってたっつっても、三ヶ月くらいでしょ?」

乱れていないフリは、どちらかといえば上手いと思うが、声が上擦っているような気がするのだ。それくらいに俺は動揺していた。この話題がさっさと吹き飛ばされることを祈るが、この手の話題は俺たちが大好きなものなので、期待するだけ無駄だ。もっとも、俺だって興味はあるよ。なまえちゃんの話でなければ、という前置詞が必要だけど。

「三ヶ月は短えよな」
「飽きたんだもん、仕方ねえじゃん」

あんなに可愛い子に百日足らずで飽きるお前はどうかしてるよ。喉の近くまでやってきた言葉を追い返す。不毛な争いに興味はない。あと、こういうのなまえちゃん嫌がりそうだし。そろそろ終わらないだろうか。それとも始業のチャイムが鳴り響いてはくれないだろうか。昼休みに対して「早く終わってしまえ」と感じるのはかなりレアな感情だった。時計に視線を。あと十分。残念なことに一分が六十秒であることに変わりはなさそうだ。あと六百秒、この拷問に耐えねばいけないと思うとかなり、気が重かった。聞きたくもない追加情報がどんどんやってくる。俺の唇は動くことを放棄していた。

「意思がねえんだよな、消極的つーか」
「後輩だからじゃねえの」
「どうしたい?って聞いても何も答えないし」
「で?そんな話はいいからさ。どこまで済ませたのよ」
「そりゃあ一通り済ませんだろ」

飲んでいたいちごミルクが急にぬるく感じる。こんな可愛らしいものを自ら選ぶことはなかったが、なまえちゃんに差し入れてもらってから時折この甘さを欲してしまう。そんな理由で自分でも購入するようになったお気に入りの液体は、もう、なんの味もしない。そんな俺を差し置いて楽しそうな会話はまだまだ続く。聞きたくないのだが、聞いてしまうのだ。そして得た情報を脳がさっさと処理していく。理解をしていく。心臓が喧しいと感じる。

「はあ?んな好きでもなさそうだったのにヤることはヤったのかよ」
「そりゃそうだろ、ヤれんならヤるだろ」
「最低だな、お前」
「いやいや、お前らだって同じ状況なら同じことするって」
「つーか意外だな、消極的なのにヤることはヤってくれるわけ?それ一番興奮しない?」
「まじ、手ぇ早すぎんだろ」

ズズズ、と残っていないピンク色のそれの底を鳴らす。耳を塞げばいいのだろうか。こんな会話、聞きたくもないのだけれど。あぁそうか、立ち上がって、この狭くるしい部屋から去ればいいのか。なんかもう、いいだろ。ガタンと立ち上がる俺に、楽しいを引き摺った親切な彼らは声を掛けてくれる。お気遣いどうも、どうぞ引き続き楽しくやってよ。

「黒尾どこ行くん?」
「もう授業始まるぞ」
「ん?ちょっとね」

右足と左足を交互に前に出しているつもりだが、上手くできているだろうか。わからなくなって、廊下を曲がったところでしゃがみ込む。尻のポケットに突っ込んであったスマートフォンが震える。同時に、待ち望んでいた予鈴。遅えよと一人呟く。ディスプレイに浮かび上がるのは何でもない彼女からのLINEで、申し訳ないけれど「格好いい」「余裕のある」黒尾先輩なんてどこにも見当たらない。短い文章をよく考えもせずに彼女に送り付けた。何でもない日常のやりとりをぶった切る。

会いたい
いま出れる?いつものとこ

身勝手なメッセージ。そんなに出来の悪くない脳みそを持ち合わせていると自負しているが、送った後で気付く。酷い言葉を綴ってしまったと。判断力が鈍っている。あんな戯言に、たっぷりダメージを食らっている。急いで弁解を。「やっぱいい」と「ごめん、間違えた」を。送信した後で謝罪が先じゃないか?と思うがそんなことに対しての正しい判断は今の俺には不可能だ。あっという間に既読が付く。そして、震える。次々に、短い言葉が届く。

え?
やっぱいいんですか?
もう出ちゃいました、教室
数学だったんで
いつものところでいいですか?
私も会いたいです

六つの愛おしいそれはじわじわ、俺を喜ばせる。どうにか立ち上がり、いつものあの場所へと向かう。ごめんね、わがままで。「私も会いたい」にドキドキしてて、ほんと、ごめん。

2021/02/03