さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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変じゃないだろうか。三秒に一回、それが気になる。他の二秒は、黒尾先輩のことを考えている。
約束の日、可愛いワンピースがクローゼットに一着も入っていなくて絶望。何も考えられなかったここ数日。クローゼットのラインナップなんて気にしていられなかったのだ。仕方ない、端から端までじいっと見つめる。数着ピックアップして、鏡の前であれこれやってみる。スクエアネックのキャミソールはオパールグレイが綺麗ですよねと店員に勧められたものだが、オパールグレイの定義を私は知らない。鎖骨が綺麗に見えるからとりあえずいいのだ。何時まで一緒にいられるのかわからないが、日が落ちるとかなり肌寒くなるので、ロングカーディガンを羽織る。白いハイウエストのワイドパンツは汚れるとわかっているが可愛さに負けて購入してしまったものだ。出番がきてよかった。くるりと回転。うん、多分、悪くない。私のクローゼットのベストメンバーだ。可愛い格好はどう足掻いても捻り出せないので、大人っぽい彼に少しでも近付けるように組み合わせてみたが、果たしてこれは正解なのだろうか。いつもの制服姿よりは、大人っぽく見えるだろうか。靴はどうしよう。去年買った厚底のサンダルがいいだろうか。そんなことを考えつつ、YouTubeの「超簡単!三分で完成!大人気のゆるふわ巻き」を見ながら十五分かけて髪を巻いた。上手くいけば三分!にタイトルを書き換えていただきたい。おかげさまで時間ギリギリだ。バッグは小さい方がいいよね。アクセサリー……ネックレスをつけてみるがしっくりこなくて外した。昨日の夜塗った桜のようなカラーのネイル。新しく買ったグロスは学校にはつけていかないちょっと深いカラーだ。どうにか、近付きたい。一年の差を、どうにか詰めたい。予定の時間よりも五分遅れて家を出た。「変じゃないかな」は、まだ脳内を蔓延っている。

* * *

「休みの日、デートする?」
「え?」

いつもの水曜日。月曜日にも木曜日にも罪はないが、どう考えたって水曜日を愛してしまう。何度繰り返したって彼の隣にいる自分がよくわからなくて、付き合ってるらしいが特に関係は変わらない。私がこんなんだからだろうか。自分からは特に話題を振らず……いや、聞きたいことは沢山あるのだが容易く口にすることができないのだ。こんなこと聞いたら嫌われるのではないだろうか。こんなこと聞いたら失礼ではないだろうか。そればかり考えてしまって、とてもじゃないが気安く話すことなんてできない。

「デートしない?いつも一時間しか一緒にいられないから、もうちょっと長く一緒にいれたらなーと思うんだけど。次の日曜、部活午前で終わるからさ」

私と黒尾先輩が、デート。想像しえなかったそれを想像してみたが、案の定全く想像ができず、デートしない?に答えることはできなかった。親切な彼はそんな私を見兼ねたのだろう。追加で質問をくれる。

「どう?急すぎ?」
「だ、だいじょうぶです。したいです、デート」

あ、多分変なこと言った。「したいです、デート」はどう考えても言わなくてよかった。心の内にしまっておくべきだったと、笑いを堪えている黒尾先輩を見て気付く。

「ふふ、そりゃよかった」
「ご、ごめんなさい。間違えました」
「なに?したくない?デート」
「……したい、んですけど、」
「じゃあ決まり。どこ行きたい?したいことある?」

真っ白な頭だ。アイディアなどひとつも出てきてはくれない。何か言わなきゃと思うのだが、黒尾先輩とだったらどこにだって行きたいし、なんだってしたい。ややパニック状態の私は深く考えずにそれをそのまま言葉にしてしまう。

「黒尾先輩となら、なんでも……」

なんかイベントとかやってないかな、と。スマートフォンに視線を落としながら調べ物をしていた彼がパッと顔を上げて、珍しいものを眺めるかのように私を見つめる。「相変わらず可愛いこと言うねえ、キミは」なんて、柔い声で。

「そうねえ、じゃあ、どっかお出かけしようか」
「はい」
「ん〜そうだなぁ、じゃあ次の三つからお選びください。A・美術館、B・プラネタリウム、C・水族館」

クイズ番組のように、彼は私へ三つの選択肢を寄越す。多分、言葉を産み落とさない私への考慮だ。言われたそれらを頭の中でぐるっと考えてみる。どれだってよかった。でも「何でもいいです」は彼の好意を無駄にしてしまうだろうから。

「ハイ、どれにする?お気に召さなかったらDも作るけど」
「プラネタリウム、行きたいです」
「ん、りょうかい。十四時に美坂駅集合でいい?東口」
「はい、あの、黒尾先輩、部活終わった後なのにいいんですか」
「ん?いいよ、なまえちゃんが良ければ」

自惚れてしまうから、やめてほしい。そんな風に目を合わせ、蕩けた笑顔を見せられたら、大事にされているような気がしてしまうから。「恋愛」の「れ」の字も知らない私だ。普通の恋人って、こんなこと普通にするのだろうか。私、こんなこと普通にやれないんですが。お陰で今日も、午後の授業は全く、頭に入ってこない。

* * *

「く、黒尾先輩」

待ち合わせ場所、時間ぴったり。私の声に反応して、彼が私の方を見る。ニコッと笑う。大きな手がゆらゆら揺れて、くらくらした。

「ごめんなさい、遅くなって」
「かわいいね」
「え?」
「雰囲気違うね、とってもかわいいです」
「え……あ、ありが…とう、ござい、ます」
「どういたしまして。いこっか」
「あの、すみません、お待たせして」
「とんでもない、全然待ってないよ」
「あと、あの……黒尾先輩も、格好いいです」
「はいはい、ありがとね」
「っ、あの、本当です、本当に、」

あーあ、だめだ、追いつけない。私がどんなに背伸びしたって全く、近付けない。好きな人から貰う「可愛いね」に、こんなに取り乱している。三日前からチークの色で悩んでいたのに、もう全然そんなの無意味だ。肩を並べ、目的地へ。黒尾先輩はもっとスムーズに歩けるだろうに、私に合わせてゆったり、歩いてくれる。もちろん、車道側。

「俺、プラネタリウム行くの小学生以来だわ」

何も言えない私に、彼はやっぱりちゃんと、話題を提供してくれる。彼を見上げる。底の厚いサンダルのおかげで、いつもよりも少しだけ、彼との身長差が縮まって嬉しかった。

「私、行ったことないです」
「は?まじ?」
「黒尾先輩の小学校、オシャレですね」

駅からほど近いそこに、あっという間に到着。いいよ、と言われたが割り勘でチケットを購入し、そのままやたらと小洒落たそこへ。日曜の午後、大抵が恋人同士で、私たちもそれに区分されているのが不思議な気分だった。

「いやいや、自然博物館みたいなとこのだから。こんなオシャレなところは俺も初めてよ」

施設は幾つかのシアターを備えており、何が何だかよくわからなかった。いつの間にか適当に寝そべって天井を眺めるだけの施設ではなくなっている。流れ星が見れるだとか、高解像度の映像だとか。

「なまえちゃん」
「はい」
「ペアシートでいい?一人ずつがいい?」

プレミアムシートのご案内の前。映画館のような普通のシートもご用意されているが、幾つか寝転んで鑑賞できる席もあるようだ。月をイメージしているであろう円形のシート。有名な家具メーカーと共同制作した自信作だと紹介されている。ご丁寧に二種類が用意されており、ペアシートはコンパスで描いたような綺麗なまあるいデザインだった。多分二人なら悠々と寝転べるサイズなのだろう。シングルシートはもう少し細長く、きゅっと摘んだようなものだ。数秒、考える。彼の隣で寝転んで、作り出された星空を鑑賞する。今の自分にはかなり、ハイレベルだ。でも、何度考えても、欲求の方が優ってしまう。口早に「ペアシートがいいです」と伝えると黒尾先輩はやや驚いていたが「じゃあ、あそこにしようか」と。何も言わずに私の意見を尊重してくれた。ドギマギしながら、のろのろと寝そべる。間も無く上映が始まります。機械的なアナウンス。周りの席もほとんど埋まる。自分の心臓の音で気が狂いそうだ。隣に、黒尾先輩がいる。ちょっと首を横にすれば視界に入る。だから私は星が投影されるであろう真上を、じいっと眺めることしかできない。ゆっくり照明が絞られ、気付いた頃には一つの光もなく。夜空やら星をテーマに作られた、誰もが一度は耳にしたことがあるであろうキャッチーな曲が次々、シアター内に響く。隣に黒尾先輩がいる、ということを忘れれば楽しめそうだが、そんなに器用じゃない。どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。私も黒尾先輩もずうっと黙って、ずうっとこのままなのではないだろうかと、よくわからなくなったところで彼の声が届く。

「なまえちゃん」
「……はい、」

しばらく声を出していなかったので、一瞬声が遅れる。

「ごめん。手、繋ぎたいんだけど嫌じゃない?」

て、つなぎたいんだけどいやじゃない?頭の中で復唱する。この空間に響く音楽はそこそこの音量だ。小声でぽそぽそ話すことはさして、周りの迷惑にはならないだろう。そんなことが自分にできるのかはわからなかったが、また素直に欲求に従った。

「く、黒尾先輩が嫌じゃなければ」
「……そればっかだね、なまえちゃん」

嫌だったらちゃんと言うのよ。
黒尾先輩は唇を私の耳に寄せ、そう忠告すると暇を持て余していた私の右手に触れる。どうしたらいいのかわからない私はされるがままだ。私に向けて揺れていた手が自分の手と繋がっているのはとても不思議で。力の入れ方がわからない。どう動かしていいのかもわからない。ただ、自分よりも随分大きいそれがぎゅうっと、握る。弱くも強くもない力。体温がじわっと伝わる。恥ずかしくて、声を出しそうになる。

「……なまえちゃん」
「は、はい、」
「指、ぎゅっとしてもいい?」
「……え?」
「ごめんね、嫌がることはしないって決めてるんだけど」

俺がしたいからそうさせて。
ごめんね、が続く。十本の指が絡む。散りばめられた眩い光たちよりも繋がっている自分の手と彼の手が不思議で、何も起こらないのに二つの手をじいっと、眺めてしまう。多分、隣で寝そべっているカップルも同じようなことをしているだろう。この雰囲気だ。手くらい繋いで当然なのかもしれない。でも私にとってこれは、奇跡みたいなことだ。いつも揺れていた彼の手のひらが、自分に触れている。指が絡んでいる。

* * *

「なまえちゃん」

授業の合間の十分休み。多分既に四分くらいが終了している。黒尾先輩が何の前触れもなく教室にやってきて、出入り口で私の名を呼んだ。やたらと元気な声で「はい」と返事をしてしまって、クラスの視線が物凄い勢いで集まり、恥ずかしかった。友人は愉快そうに笑っている。ぱたぱた、彼に駆け寄る。

「元気のいいお返事ね」
「す、すみません、びっくりして」
「次移動?」
「ちがいます、数学です」
「これ、昨日渡しそびれちゃって。手、出して」

初プラネタリウム記念。そう言って彼は私の手のひらに何か持たせる。そおっと開く。小さなネイルポリッシュ。星屑を詰め込んだように輝く、ミルキーなカラーだ。なんで?いつの間に?色々疑問は湧き出るが、驚きのあまり上手く言葉にできない。

「昨日爪、可愛いことしてたから使うかなって。あとごめんね、帰り。上手く話せなくて。テンパっちゃって」
「え?」

予鈴が鳴る。昨日の帰り、上手く話せなかったのは私のせいだ。
結局、あの最新の技術が詰め込まれた小一時間の後半、私たちは手のひらから体温を共有し続けた。それが終わるといそいそと起き上がり、何事もなかったかのように併設されたカフェでSNS映えするようなドリンクを飲んで、多分適当におしゃべりをして、手を繋いで帰った。やっぱり心臓はやかましく動く。沈黙が気まずいとか、そんなことを考える余裕さえなかった。

「あ、やべ。じゃあね、急に来てごめん」
「っ、待って、黒尾先輩」
「ん?」
「楽しかったです、昨日。帰り道も、ぜんぶ」

彼はふっと笑って、ちゃんと授業聞くのよって助言をし、階段を降りていく。昨日は気付かなかったが、思い出せば確かに、ほとんど会話がなかった。手だけ結ばれていて、それで私はいっぱいいっぱいだったから何も思わなかったけど……言われてみれば、饒舌な黒尾先輩が静かなのは珍しかったのかもしれない。おいみょうじ、席付け。やってきた数学教師にムスッとした声で言われ、我に返る。言われた通り大人しく席に着いて黒板を眺めるが、相変わらず内容はすり抜けるだけだ。黒尾先輩にちゃんと聞きなさいよって言われてもこのザマだ。だめだな、これは、次のテストも。
諦めて彼に貰ったソレを眺める。光に当たるとキラキラ輝いて、より美しかった。可愛い。どうしよう、黒尾先輩のこと、ものすごく好きだ。好きで好きで好きで、ちょっとおかしくなっている。ずうっと、彼のことばかり考える。考えているが、私は知らない。彼がちゃんと、繋がった手にドキドキしていたって、この時の私は全然、知らない。

2021/01/07