ギルギルギルティ | ナノ
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目を覚ますと、驚いた表情の男が視界に。歳下の可愛い、大好きな男。先に目を覚ましていた彼は私の頬を大きな手で撫で、優しい表情でこちらを眺めていた。自分で言うのもアレだが、とても愛おしいとでも言いたげだった。声に出さなくてもわかるような気がするのだから、私はこの恋愛に随分酔っているようだ。まだ頬から離れない手のひらに、自分の手のひらを重ねる。

「…ごめん、勝手に」

重なった手から伝わってくる体温にうっとりしていると、黒尾くんは朝の挨拶よりも先に謝罪をするから可笑しくて。ちゃんと眠れたのだろうか。どことなく元気がないような、しょんぼりしているような気がして。おもちゃをなくしてしまったものの叱られることを察知し、母親に言い出せない五歳児を連想させた。

「おはよう」
「おはようございます」
「ごめん、起こした?」
「ううん、そうじゃないよ」
「そう、よかった」

いつから目を覚まして、いつからこうやって頬を撫でてくれていたのだろうか。カーテンの隙間から差し込むヒカリでとても自然に目を覚ました私は久しぶりの人肌が心地よく、ぐっすり眠っていたらしい。

「早起きだね、寝れた?」
「うーん、まぁまぁ」
「ごめんね、ベッド狭くて」
「いやいや、そうでなくて」

一人用のベッドだ。二人で眠るにはかなり狭くて、でも私はそれが嬉しくて。身体の大きな彼にとっては窮屈だろうと思い、そんな風に声を掛けたが何となく歯切れが悪い。黒尾くんはいつも、言葉を躊躇う。優しいんだと思う。声を出す前に一度、自分の中で唱えて、安全性を確認してからこちらに寄越す。この時は単純に、羞恥的な想いが湧いていたのかもしれないけれど、こういうシーンは私たちの間に少なくなかった。中々言葉を選び出せない彼に、歳上の私はニコニコしながら問う。

「緊張しちゃった?」
「…まぁ、そんな感じですね」
「本当に?緊張した?」
「するよ、好きな人が隣で寝てんだから」

絵に描いたような、幸福な朝だった。とても良い朝で、私たちはこれからもずっとこうしていられるような気がするのだが、もちろんそんなはずはない。多分、そろそろやってくるであろう終わりのことは考えないことにしたいのに、いつだって顔を出して私を泣きたい衝動でいっぱいにする。

「起きる?朝ごはん食べる?」
「うん、」
「もうちょっと、こうしてる?」
「うん、いい?」
「うん、いいよ」
「どっか痛くない?」
「平気。ありがとね、心配してくれて」
「あのさ」
「うん」
「なまえさんのこと、ほんと、すげえ好きだから」

大好きな手が私の指と絡んで、解けて、髪や首筋を撫でて、あやされているような気分になる。生まれたばかりの赤ん坊に触れるように、そおっと、遠慮がちに。

「うん、ありがとう」
「わかってる?」
「うん、わかってると思う」
「…じゃあいいんだけど」
「なに?どうしたの?」
「こーゆーことしたら、ちゃんと伝わんのかなと思って…ってか、まぁ当然ね、僕も男子高校生なのでしたかったんですけど、前から」
「うん」
「好きだから、したくて」
「うん」
「…聞いてる?」

私だって同じだ。そんなこと、随分前からわかっているじゃないか。離れたくない、離れなければならない。一緒にいたい、一緒にいてはならない。好きだけど、好きを継続してはならない。ただ「好き」はそんなに簡単なスイッチではない。パチンと切ってしまいたくても、いや、何度も何度も切っているのだけれど、また勝手に灯ってしまうのだ。これではキリがない。春一番が吹いたら別れようという私たちの約束は、そんな私の為の強行手段なのだ。もう、コンセントを抜くしかない。引っこ抜いて、二度と流れないようにする。そうでもしないと、私はこの歳下の男をずっと、ずうっと愛してしまう。自分のものにしたいと思ってしまう。五年経って、彼が二十三歳になって、私のことを愛さなくなっても、私はずうっと、愛してしまう。彼の言葉を、迷いながらも意志を持って動く唇を見ながらそんなことを考えていたからだろう、彼は少々不満げにそう聞いてきた。

「うん、わかるよ」
「本当に?」
「全部はわかんないけど、だいたいわかる気がする」
「…俺、わかってんだけど。俺がなまえさんのことをどれだけ好きになっても迷惑ってことには変わりないって…一応頭では理解してるつもりなんだけどさ」
「迷惑じゃないよ」
「迷惑じゃないの」
「好きな人に好きって言われて迷惑だと思うと思う?」
「…思うと思わない、けど」
「思うと思わないでしょ?」
「なんなの、思うと思わないって。それ言いたいだけでしょ」
「私も黒尾くんのこと好きだよ、迷惑?」
「迷惑なんかじゃ、」
「嬉しいでしょ、好きな人に好きって言われると」
「…嬉しいです」
「ね?そーゆーことだよ」
「そーゆーことなんですか」
「好きだよ?」
「はいはい、わかった、わかったから。恥ずかしがってる俺を揶揄うのはやめてください」
「ふふ、ごめんね。なんだっけ?」
「なんだっけね、もう忘れちゃいましたよ」
「忘れちゃいましたか」
「忘れちゃいました」
「なんとなくわかるよ、言いたいことは」
「それなら良かった」

それた話の核心は、ぼんやりとだが、わかる。私たちの「好き」はもうとっくの昔に破裂していて、ぼたぼた溢れている。声に出して相手に伝えるだけじゃ不十分で、唇をくっつければ足りるかと思えばそれでも足りず。そして最終手段として昨夜、可能な限り身体をぴったり重ね合わせてみたわけだがそれでも結局、足りない気がしてしまうのだ。私たちのこのやり場のない気持ちは、残念ながらどんなに文明が発展しても計り知れないものなのだろう。百年くらい経ったらどうにかなっているものだろうか。まぁそうなったって結局、手遅れだけれども。どうしようもないので彼の胸に顔を埋めておいた。ぎゅっと包み込んでくれる彼の体温のせいでまた眠ってしまい、起きたら昼。残りの時間が少ない私たちだ。やってしまったと慌てたが、昨夜ほとんど眠れていなかった男がすうすうと眠っていたので、時計の動く速度などどうでもよかった。

2019/02/25 title by 星食