ギルギルギルティ | ナノ
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年が明けて数日、メッセージアプリでのやり取りのペースが二週間前に戻った。元に戻っただけ。それなのに俺は、途方も無い虚無感と物足りなさを感じていた。我ながら図々しいと思う。こんなガキを相手にしてくれるだけで感謝しなければならない。もちろんその気持ちは絶えず持ち合わせている。でも、足りない。会いたい、話したい、触れたい、キスがしたい。そんな欲求が湧いて、抑えきれない。

「っ、やべ…」

仕事戻るね。
昼休みが終わるであろうなまえさんからちゃんと、少し懐かしい、いつも通りの報告。彼女は仕事中、スマートフォンを弄らない。未だ冬休みを堪能する俺と違って、彼女は忙しいのだ。会社に勤め、ロクでもない上司の対応をして、綺麗な敬語を使って…。
考え出すと止まらなかった。彼女が自分と付き合っているメリットなどひとつもない。誰か「イイヒト」がいたら乗り換えるだろうと。そうなるのが当たり前で、仕方ないと思いたいのに。彼女に嫌われたくない。付き合っててもまあいいかって、そのレベルを一日でも長く保っていたい。だからしつこく連絡したりしない。今日は何してたの?会社にどんな男の人がいるの?学生の頃の同窓会って何人くらいでやるの?昔好きだったやつと話弾んだりした?
聞きたいことも知りたいことも山ほどある。俺のものだって印もつけたい。でも、言うまでもなく、俺にそんな資格はない。稼ぎもない、そこら辺にいくらでも転がっている高校三年生のお子様に、そんな権限はないのだ。誤ってタップしてしまったディスプレイ。もちろん通話が繋がるわけもない。呼び出し音が虚しく鳴り続ける。着歴を残してしまった。ごめん、間違えた。一言のメッセージを残さない自分は、やっぱり彼女に愛してもらう資格などない。そうすることで、仕事が終わったなまえさんから折り返し連絡をもらおうとしているのだから。訳の分からない着信が残っていたら、多分彼女は心配して電話をくれる。ずるくて、みみっちい行動だ。自分でもわかっているが、だって、仕方ないだろう。彼女よりも七つも歳下の、どうしようもないガキなのだ。

「もしもし?」

夕刻、待ち望んでいた着信。敢えて数コール待って、ドキドキしながら繋いで。

「もしもし、」
「どうしたの?なんかあった?」
「ん?」
「着信、」

演技は、下手ではないと思う。しらばっくれて、なんのことですかって、そんな声を出す。残念ながら、俺はなまえさんが思うような男じゃない。いや、どう思われてるかなんてはっきりわかりやしないけれど。もっとサッパリ、愛したかった。こんな風に、この恋が終わることばかり考えて、でも終わらせたくないから、どうにかって足掻く。「若気の至り」なんて言葉じゃ、包み込めるはずもない恋愛。

「着信?」
「うん、昼に、」
「まじで?ごめん、間違ってかけたのかも」
「なんだ、ならいいんだけど」

何かあったのかと思って心配した。
時間から察するに、会社を出てすぐに連絡をくれたのだと推測する。彼女が忙しいOLだとわかっているのに電話ひとつが欲しくて、自ら嗾しかけ、こうやって安堵している。すぐに連絡をくれたことに嬉しくなっているのだ。もう少しこうやって、恋人でいられそうだ、と。でもきっと、本当に「あと少し」だと思う。恋人になって、ハッキリとわかった。だから馬鹿で無垢な男子高校生を演じる。わがまま放題好き放題させてもらうのだ。彼女はきっと、「もう、しょうがないなあ」って、困った顔をして笑ってくれるから。

「つーか、何もなきゃ連絡しちゃダメ?」
「ん?いや、そうじゃないけど、」
「声が聞きたかった〜とか、そんなことで連絡したら迷惑?」
「声、聞きたいの?」
「そりゃあもう、毎日でも」
「またそんな調子のいいことばっかり」
「俺が嘘つくと思う?」
「うーん、ふふ、そうだね」
「ねぇ、なまえさん」
「ん?」
「会いたい」
「え?」
「だめ?」
「…珍しいね、そんなこと言うの」

溢れた感情は言葉になって、薄っぺらい端末を通して彼女の耳に届く。嫌がられるかもしれない。ただ、どのみち、嫌がられるのだ。他に好きな人ができたの、だからもう貴方は用無しよ。そう言われる日が実際、きてしまうのだ。そう遠くないであろうその未来を脳内に描くだけで、ズキズキと胸が痛む。もちろん彼女は優しいから、そこまでストレートにぶつけてはこないだろうが、近しいことを告げられるだろう。覚悟はしているつもりだ。完全に、「つもり」でしかないけれど。

「うち、来れる?」
「いいの?」
「いいよ。面倒くさいからご飯は作らないけど、それでもいいなら」
「そしたら今から向かう、ごめん急に」
「ううん、気をつけてきてね。待ってるから」

蕩けるような言葉だ。俺なんかを、なまえさんが待ってくれている。彼女からしたら、そんな言葉に深い意味はなくて、口からするんと飛び出てきただけのものかもしれない。それだってよかった。耳の奥にその言葉を溶け込ませてやる。いつ聞けなくなってもおかしくない、愛おしい声。
今年の冬は、ぬるかった。凍えるように冷えることもなく、雪がちらつくこともない。寒くないわけではないが、例年に比べれば随分と優しい冬だった。駅に着いたところでなまえさんに連絡を入れ、コンビニで中華まんとホットドリンクを二人分。インターホンを鳴らして、「会いたい」がもうここまでせり上がって。

「ごめん、急に。これ差し入れ」
「えぇ、いいのに」
「御心ばかりのものですが」
「…だからさ、そんなのどこで覚えてくるの」
「どこでって言われても」

彼女の姿を見ると、声が鼓膜を震わすと、たっぷり込み上げてくる。俺のこの「好き」は、どこへ向ければいいのだろう。全てを彼女に注ぎ込むには、些か量が多いように思うのだ。ぼたぼたとこぼれ落ちるくらいに、もう、いっぱいで。この部屋はあっという間にそれで埋め尽くされてしまうだろう。

「休み明けって仕事忙しいの?」
「うーん、そうだね、普段に比べれば」
「ごめん、疲れてんのに」
「いいってば、そんなに謝らないでよ」
「すぐ帰るから」
「え?なんで?」

俺が買ってきた中華まんを二つに割りながら、彼女はそう尋ねてきた。なんでって、そうやって聞かれると答えにくいものだ。言葉を詰まらせていると空気を察したなまえさんが慌てたように話し出す。

「あ、ごめん、そりゃそうだよね、明日も部活…だもんね?」
「あー…うん、まぁ、」
「はい、あったかいうちに食べよ」
「ありがと」
「こっちピザまん?」
「うん」
「こっちも半分にするね」
「ねぇ」

期待なんか、してはいけない。なまえさんは本気で俺のことを好きになったりしない。都合よく使ってもらえればそれでいい。だから自分から会いたいなんて言ってはいけないと思っていた。でも、つい甘えてしまって、許してもらって、そして、そんなことを言われたら。また甘えたくなってしまう。だからこうやって問い詰めたりしてはいけないって、頭ではわかっているのに、止められないのだ。

「…迷惑じゃねえの」
「迷惑?」
「急に来たりして」
「連絡くれたじゃん、行ってもいい?って」
「その連絡が急だったじゃん」
「連絡なんて急にするもんでしょ、同窓会の連絡とか…三月に結婚式するけど来れる?って誘いとか…そういうのって急じゃん。訳わかんないタイミングで急にくるじゃん」
「そうなの?」
「うん、そうだよ。そんなもんだよ」
「いいの?」
「ん?」
「…俺、多分、また急に会いたいって言っちゃうけど」
「うん、いいよ」
「…すぐ帰んなくてもいい?」
「いいよ、ゆっくりしていって」

何もないけど、と彼女は笑うが、なまえさんがいれば俺はそれでじゅうぶんだった。緩い部屋着に包まれた身体を抱き締めたくて仕方がなかったが、両手に持たされた半分ずつの中華まんがそれを許してくれない。こんなもの買ってくるんじゃなかったと後悔したが「久しぶりに食べたけど美味しいね」なんて言って彼女が喜んでいるので、まぁなんか、良しとしよう。

2019/01/15 title by 星食