高校生及川 | ナノ
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一番前の席は居心地が悪い。及川はそう思っていたが、どうやらその感想は少々的外れだ。この頃、ほんのりわかってきた。位置の問題でないのだ。こんなところにいては、眺めることさえもできない。対角線上、窓際、一番後ろの席。シャープペンシルを動かし、さらさらと板書をしているであろう彼女を思う。不意に、滑らかに好きを届けてくれた、なまえを。

「は?なに?情緒不安定なの?」
「及川の彼女の友だち、紹介してもらおうと思ってたのに」

夏休みの終盤、男女数人で地元の夏祭りに行った。その内の一人に及川は告白されたのだ。断り方がわからなかったので頷いたら付き合うことに。どこの誰がそれを言いふらすのかはわからないが、長期休暇が終了し、すっかり肌になじみきった制服を着て登校。校内は彼の話題で持ちきり。決して、すかしているわけじゃない。本当に興味がないのだ。及川は、付き合ったって別になにをするわけでもないのだから。普段の生活とほとんど何も変わらない。「彼女」と「彼氏」って肩書きがお互いに手に入るだけ。連絡は多少取るし、たまに会って話すことがあるかもしれないが、及川にとって付き合うというのはその程度の感覚だ。お察しだと思うか、彼と温度の違う「好き」を持ち合わせている女はあっという間に不安と不満を募らせ別れを告げる。ひとつひとつの恋愛のサイクルが非常に短いのもそれ故だ。だが、今回は他校の美しい女よりも先に、男が気付いたのだ。なまえのことが好きだと、今更理解した男は珍しく必死だった。

「で?なんで別れたの」
「他に好きな子がいるから」
「いやいや、急じゃね?どこの美人見つけたんだよ、白上学園の子?」
「違うよ、前から好きで」

部室では質問攻め。先日までは「他校の女の子と付き合った」というニュースが充満していたが、数日後にはこちらの話題で持ちきりだ。デリカシーのない男子バレーボール部の男たち数人(実際はとてもいい奴らばかりなのだが、この手の話題は彼らの好物であるし、及川の複雑な心境は知り得ないので仕方がないのだ)は、及川に思いつくがまま、問いかける。

「前から好きって…、じゃあ何であの美人と付き合ったの?」
「…最近気付いたから、好きだって」
「元カノ?」
「そうじゃなくて」

及川はなまえが自分に好意を寄せているのは…というか、嫌われてはいないだろうなと。その自信はあった。ただ、決定打がなかったのだ。連絡先を聞かれたくらいでは確信に至らない。夏休みの図書室、わざわざ連絡を取り合って都合をつけ、二人きりで過ごしたあの日だって、あんなにいい雰囲気だったのに彼女はいつも通りの控えめで可愛らしい反応。嫌われていないとしても、好きではなくて、ただのクラスメイト。付き合う気などないのかもしれない。彼女は人が良くて、困っている俺を放っておけない。その程度の認識だったら「好きだ」なんて言ったら迷惑だろうなとか、いまみたいな関係さえもなくなるのだろうなとか、そんなことばかりを考え何も言えなかったあの日。なのに。

「…好きだって言ってくれて、それで」

だから夏休み明け、彼女から好きだと言われた時はとにかく後悔したのだ。あぁ、あの日に伝えるのが正解だったのか。そうすれば彼女に、こんなにもざわざわとした教室で言わせる必要はなかったのに。こんな顔をさせることもなかったのに。思い出す度にずくずくと胸が痛む。ごめんって気持ちで、いっぱいになる。今からじゃ遅いのかもしれないが、その日のうちに付き合いたての彼女には別れを告げた。怒っているというよりは呆れているような感じの反応で、予想していたリアクションとは異なっていた。及川は好きだと、誰かに告白をしたこともなかったが、別れを告げたこともなかったのだ。だからそれなりに覚悟をしていたが、あっさりとした終末にますます恋愛というものがわからなくなって、きっとあの子が俺に言ってくれた「好き」は俺がいま彼女に抱いている「好き」とは異なるのだろうなと理解する。そうすると自動的に、湧いてくる。新学期早々の席替えの日、彼女が伝えてくれたそれと、俺がいま抱いているそれは同等なのだろうか、と。暫く考えたが、考えたって答えが出ないという答えだけは出たし、とにかく早く、伝えたかった。ごめんねと好きだよを、伝えたくて仕方がなかった。

2019/04/17