高校生及川 | ナノ
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溢れる声はその話題で持ちきりで、声がぽこぽこ膨らんでぎゅうと校内に充満し、校舎が破壊されるのではないかと思うくらいだ。実際破壊されているのは私の精神だ。そりゃあもうバキバキに砕かれている。修復できるかどうか、というより根本的に修復する気力なんてない。登校初日に、何だっていうんだ。久しぶりの彼。夏休みの間に体重を3キロ落として、一昨日美容院に行って毛先を揃えて、いい香りだってSNSで話題になっていた香水を買って、なのにね、こんなもんなんだよね。

「おっ、ご本人登場〜」

その明るく喧しいというボーダーラインをギリギリ越えていそうな声に、及川くんは顔を歪ませた。その強張った不快そうな表情さえも、私は好きだった。なに、と困ったように、でもどこか嬉しそうに言う彼を見て確信する。あぁ私なんてはじめから眼中にないんだなって。はじめから、というか…はじまってさえなかったのだ。私が勝手に、はじまったと思っていたのだ。盛大なフライングをしていただけだ。さっさとスタートラインに引き返さなければならない。

「いつから付き合ってんだよ」
「その質問今日8回目、先週からだよ」
「及川から告ったのー?」
「ううん、向こうから」
「お前他校の女の子に告白されんの何回目だよ」
「どうだろうね、数えてないから」
「はー、腹立つわ〜」

その声たちはクリアに私の耳へ飛び込んできて、鼓膜を震わせ脳で意味を理解する。及川くんに彼女ができた。近くの高校の3年生、アイドルグループの何とかちゃんに似ている、可愛くてスタイルも良くて、髪がサラサラな子。誰が見たってお似合いだねって言われるような、そんな子。よかったね、おめでとうって笑顔で言うのがいい女子のセオリー?頭おかしいんじゃないの、そんなに綺麗な思考回路の人間、どこにいるの。

「おはよう」

泣いてしまいそうだった。大好きな声が私に向かって朝の挨拶をしている。嬉しい、嬉しいけど、何の意味もないんだ。私って本当、痛いよなぁ。もしかしたらって期待してたんだもん、ほんの数パーセントかもしれないけれど、もしかしたら、ひょっとしたらって。そんなわけないじゃん、及川徹だよ?うちのバレー部の主将で、バレーボール専門誌とかにも載っちゃって、後輩の女の子からキャーキャー言われて、他のスポーツもそれなりにできるし、5教科のテストの点数だって悪くない。綺麗な顔と生まれた瞬間に美しくなると決まっていたかのような透明感のある髪の色。広い肩幅に柔和な声、そしてなにより。

「みょうじさん痩せた?夏バテ?」

こんな私にまで、優しい。おめでとうの一言、たった5文字を笑って言えないこんな私なのに。

「…ううん、違くて」
「ダイエット?」
「うん、そんな感じ」
「じゅうぶん細いじゃん」
「うん、」

これ以上声を出したら泣いてしまうと、そうわかる自分が嫌いなのか好きなのか自分でもこんがらがっていて、よくわからなかった。好きじゃないなら優しくしないでよ、好きじゃないなら連絡しないでよ、好きじゃないなら変化に気付かないでよ。そう非難したくもなったが、違うのだ。及川くんにとっての当たり前を、私が勝手に特別だと勘違いしたのだ。それが、いけないんだ。この感情をどうにか鎮火して、ううん、それかぶわっと燃やし尽くして灰にしてしまわないといけない。だから私は言うんだ。サヨナラとかおめでとうのかわりに言う、彼しか気付かないように、言う。

「及川くん」
「ん?」

新学期なので席替えがしたいと、そう提案したクラスの中心にいる男子生徒にジュースでも奢ってやりたい気分だ。くじ引きが始まる、ざわざわと賑やかな四角い部屋の中、彼に話しかける。不思議と落ち着いていて、声が淡々としているのと指先が冷たいのがよくわかった。多分このくらいの声量なら周りには聞こえない。薄っぺらい私の声だから、尚更。

「最近やっと英語克服しかけたのに、席替えしたらみょうじさんに聞けなくなるじゃんね」

私が言いたいことを音にする前に、彼はニコニコ朗らかにそうやって楽しそうに話す。全然楽しくないくせに、私のことなんてクラスメイトCくらいの認識のくせに。

「好きだったの」
「え?なに?」
「及川くんのこと、すごく」

みんながかっこいいってそう言っていた。自分みたいな平凡な人間は不釣り合いだってわかるのにこんなに時間がかかっちゃったよ。今から別の人のことを好きになるなんてさ、結構難しくない?どうしてくれるの、もう。
私が勝手に、好きになったからそんな文句言わないけど、せめて心の中で思わせて。ちゃんと貴方を憎めるように、離れられるように。

「…みょうじさん?」
「好き」
「…誰かに言わされてる?」
「ううん、席替えだから言おうかなぁって」
「なんで、」
「入学した頃…一年生の頃から及川くんのことずっと好きで、三年になってやっとおんなじクラスになれて、おまけに隣の席になれて」

すごく嬉しかった。
そう言って私は立ち上がって教壇へ。数字が書かれ四つ折りにされた紙をすっと自分の手のひらの中に吸い込む。返事なんて聞いたらぼろぼろ泣いてしまうから聞かない。わかりきっていることだし。

「みょうじさん、」
「及川くんの番だよ、くじ」
「ねぇ、」

なにその顔、また勘違いするから本当やめて。その優しさがどれだけ残酷か貴方は知らないでしょう。身体をザクザク切り刻まれているような感じなの。実際そんなに残虐な対応されたことないから知らないけど、多分そんな感じなの。呼びかけに応じない私に彼は諦めた様子だったし、教室という狭すぎる空間でこれ以上私たちが2人で話すのは少し不自然だ。それに気付いて、お互い言葉を交わすことをやめた。ガタガタと全員が机を移動させようと動き出して、彼のターン。

「なんで?」

パッと彼を見る、長い睫毛も迷いなく通った鼻筋も、少々乾燥した唇も、もうこんな近い距離で見ることなんてないから。どうにか焼き付けたくて瞬きというシャッターを切るが、ぽろぽろと涙が落ちるだけだった。とことんカッコ悪くて、ダサくて。なにやってるんだろう、本当、嫌になる。

「なんで、あの日2人きりだったじゃん」

あの日、は。あの日でいいのだろうか。あの、図書館で過ごした夏の日のことを言うのだろうか。それがなんだって言うんだ、クラスメイトCと課題を進めた。そのくらいの日だったはずなのに、なんで。なんで唇噛んでるの。

「及川〜私ここだから早くどいてよ〜」
「…あ、ごめん」
「えっ?及川1番前の端じゃん、かわいそ〜。かわいい彼女できた罰だね」

耳に入る声全てが苦しくて、私は及川くんの言葉をもう受け入れることも出来ずに机を引きずって後方へ移動した。彼が何か言いたげな顔をしていたか?そんなのわからないよ、この数ヶ月でそんなことまで理解できる訳がない。窓側の1番後ろの席にいる私、廊下側の1番前で周りのクラスメイトと賑やかに話す彼。この距離が適切なんだと、そう痛感してじりじり太陽が熱い席で机に突っ伏す。
及川くんのことなんか好きになりたくなかった。

2017/08/08