黒尾とルームシェア | ナノ
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「おかえり、お疲れ様」

何なんだ、誰が出迎えてって頼んだんだ。へにゃへにゃと笑っている男は、ゆるっとしたTシャツにピタッとしたスキニー。俗に言うゆるピタスタイルでカラーはどちらもブラック。背が高くスラリとしたこの男によく似合っている。似合っているから余計、苛立つ。ちょっとかっこいいんだよなぁなんて思って、フンって、そう思ってしまうんだ。涼しげな彼と、暑さとかそんなものでメイクをどろりとさせている私は対照的だ。化粧したての美しさなんてものはもう微塵もなくて、顔をまじまじと見られるのが嫌だった。そんなこと気にする必要もないはずなのに、こんな男の前でも一応女でいたいと思っているあたりが間抜けだが仕方ない。

「おかえりって言ったらただいまって言ってくれないとさ、さすがに黒尾さんも悲しいんですけど」
「ただいま戻りました」
「業務連絡〜」

案の定仕事が片付くことはなくて、ブルーライトとかいう目に見えないそれにやられた瞳はしぱしぱと乾燥するし、肩はガチコチ。心なしか腰にも違和感がある。これは完全に床で寝たせいだろう。コンディションはすこぶる悪く、それとこの状況とが相まって気分も悪い。帰宅したら黒尾がいる。これがこんなレベルで自身を不愉快にするとわかっていたら、私はあの日、契約書に印を押したりしなかった。どう考えたって、あとの祭り状態だ。タイムマシンはどこでしょう?なんて冗談を言って愉快な雰囲気を漂わせたいが、そんな心の余裕がないことはお分かりいただけるだろう。

「飯食う?」
「待ってなくていいって言ったじゃないですか」
「待ってなくてもいいかもしれないけど、待っててもいいだろ?」

回りくどい会話が面倒で無視をすることにした。はぁ、と黒尾に聞こえるように溜息をついて洗面台。もう外にも出ないし、なんなら私の顔を見るのは黒尾だけだと言うのにお直し用のコスメたちで顔面を修復する私は、まったく、なにを考えているのだろうか。結っていた髪をほどいて、んぱって色付きのリップクリームなんてなじませて。かわいいと思われたい訳じゃない、ブサイクだと思われるのが嫌なだけ。そう言い聞かせてリビング。私に見覚えがないということは彼のものなのだろうか。ごつりとした味のある黒い丼に白米をよそう男は私のことなんて見もせずに声だけを飛ばしてくる。

「結構食う人だよね?」
「…人の話聞いてます?」
「黒尾特製親子丼だよ?食わないという選択肢がないでしょ」
「なんか入れました?」
「醤油と味醂と砂糖は入れた」
「いやそうでなくて」
「さすがに殺意は抱いてないよ、うるせぇ女だなぁくらいで」
「うるせぇ女って私のこと?」
「うん、まぁいいから食おうぜ」

よくないんだけどなぁと思いつつ、胃が空っぽで早く何か入れてくれと強請っているのが正直なところ。丁寧にサラダとお吸い物まで用意されている。サラダと言ってもレタスを千切っただけのものだし、お吸い物はあからさまにインスタントだったが、この男が料理をするというそれ自体が私にとっては違和感で信じられない訳で。

「料理するんですか」
「見てわかんねえの」
「意外だなぁと思いまして」
「ギャップ萌えだろ?」
「はい?」
「はい、いただきます」

ガタン、と腰を下ろして手を合わせて。男は私のことなんて気にせずにお吸い物をゆっくり一口含んでふぅ、と幸福そうにした後、丼を左手で持ち上げガツガツ…と言うほどではないがまぁまぁな勢いで胃に収めていく。お腹減ってるなら先に食べればよかったのに。そう考えながら彼が食事をする様子をぼうっと見つめてしまうのだ。こちらの視線に気付いた男が、ん?って顔でようやく私と目を合わせ、咀嚼。飲み込んだ後、呆れたように笑って。

「そんな不安かよ」
「はい?」
「まじで普通にすげえうめえから、早く食えよ。腹減ってねえの?」
「…別に毒味させてたわけじゃ」
「なに?かっこよくて見惚れた?」
「自分のこと自分で褒めすぎじゃないですか」
「みょうじちゃんは俺のこと貶しすぎじゃない?」

ほら、と急かされて黒尾お手製のそれを一口。鶏肉と玉ねぎはきちんとふわふわの卵でとじられていて、甘辛い上品な味付けがされている。炊きたての白米はつやつやと美しく…って、これを目の前のこの男が作ったのか。些か信じがたい現実を受け入れたくなくて、思考を一時停止したのち、再び箸を動かす。二口目も普通に美味しいから、感心して正面に座る男の顔を再び凝視。だろ?って表情をつくるそいつにまた腹が立つが、正直貶すところがない。お恥ずかしい話だが、私よりも上手い。そう言い切れるほどだ。

「美味くね?俺の親子丼」
「…ムカつく」
「これしかできねえけどな」
「なんでここにきて謙遜するんですか」
「褒められると照れるじゃん」
「褒めてませんけどね」
「顔見てればわかりますけどね」

人とこうして、まして異性とこうやって向き合って、なんなら男が作った食事を口にして、それはとても味がよくて。笑みをこぼしそうになる自分の顔の筋肉をどうにかこうにかコントロールするのに必死だ。口元にグッと力を入れていないとすぐに微笑んでしまいそう。まぁ食事中だからもちろんそんな器用なことはできなくて、イコール、もちろん鋭いこの男に指摘させる訳で。

「そんな美味い?」
「…どこで覚えたんですか」
「一時期ハマって毎日食ってたんだよね。あの、プロっぽい鍋も買ってさ、その時」
「へぇ」
「興味なさすぎだろ、聞いてきたくせに」
「黒尾さんて本当になんかアレですよね」
「かっこいい?」

じとり、と睨むと黒尾は心底楽しそうに笑って。私たちはいつもお互い正反対の表情を作るのだ。彼が笑えば私は彼を睨み、私が笑えば彼が不機嫌そうな顔をする。反発し合ってくっつこうとしないのだ。ううん、多分、少なくとも私は、寄り添うのが怖い。ちょっと演技をすれば、ちょっとスイッチを入れれば簡単に好きになれる。顔はそんなに好きじゃないけど悪くはないし、身体つきは文句の付け所がなくて悔しいくらい。性格が悪いのがネックだけど、この数日でわかったこともある。救いようのない人ではない。むしろ全てわかって、理解して、わざとこうやって人を苛つかせている。だからこそ「性格が悪い」という言葉がしっくりくる訳だが、私は既に心の中で願うのだ。お願いだからこれ以上意外な一面を見せたりしないでって、好きになったりするの、私しばらくこりごりだから。

「…私なんかにかっこいいって言われて嬉しいですか」
「悲しくはないかな、とりあえず。あと、」

俺はなまえちゃんのこと、そこそこ可愛いと思うよ。
そう言って手を合わせてごちそうさま。私が食事を終えるのなんて待たずにさっさと食器をシンクへ。悪いけど一緒に洗って、なんて自分勝手すぎる台詞と共にバスルームへ消えていく。そんな嘘っぱちの台詞に心躍らせる自分が許せなかった。許せなかったのに、勝手に頬を熱くしている。男の背中は、やっぱり自分の好みだった。

2017/06/22